2022年1月の記事
勝負の1年!

5月狭山意見広告を実現し、

鑑定人尋問をかちとろう!


             部落解放同盟全国連合会
             中央執行委員長 村上久義

 吹雪舞う日もあるなか、勝負の年の新春を迎えました。身の引き締まる思いです。
 同盟員の皆さんには、今年もまた御骨折りをおかけしますが、一致団結して進むことをお願い致します。

7月参議院選挙では大阪で維新と決戦

 昨年の衆議院選挙は立憲民主党が敗北し、憲法改悪への道を開ける結果となりました。今年の夏の参議院選挙では、憲法を変える国民投票となるかもしれません。これまではどの政党、どの候補を支持するのか、全国連としては苦心することもありましたが、今度の参議院選挙は、大阪でれいわ新選組が立つとのこと。憲法改悪の急先鋒・維新と大阪で決戦を構え、全国焦点にして思い切りたたかいましょう。
 私たちには、日々の要求闘争をはじめ、たくさんの課題があります。コロナ禍で医療を要求し、仕事と労働者の権利を守るとりくみ。長野の災害復興のとりくみ。住宅問題も様々な課題があります。たくさんのテーマをとりくみつつ、それらを繋げ、何に焦点をおいて、全体がレベルアップするように進むのか。

83才になられた石川一雄さんに勝利を誓う

 それは、とりわけ、5月の第2次狭山意見広告の掲載と、1000人市民委員会の立ち上げにあると思います。広告掲載を5月に延期したことは正解でした。時間の余裕ができ、豊かなとりくみで準備することができます。5月を焦点に、今春は狭山の決戦です。事実調べ=鑑定人尋問は、いよいよ弁護団も含め請求が出され、裁判所に採用を迫ることになります。何としても勝利しましょう。
 石川一雄さんは、この1月で83歳になられます。全国連は、お誓いします。今年は、鑑定人尋問を実現し、再審開始元年とします。
 示現舎・宮部をはじめ、差別主義を徹底糾弾で圧倒しましょう。
 全国の同盟員の皆さん、仲間の皆さん、ともにがんばりましょう。


2021年12月の記事
くる年もみんなで団結がんばろう!

~狭山勝利・要求貫徹・改憲阻止の本格的闘争へ~

逆風を突破した2021年のたたかい

 瀬川委員長、中田書記長、片岡副委員長と、全国連の顔というべき指導者をあいついで喪うという大きな試練と「新型コロナ」という世界的パンデミックにみまわれたこの二年。大会・集会のみならず、各ブロックや各支部の会合も部会ごとの集まりも制限され、私たちはかつてない苦境に立たされました。しかし、全国連は各地各階層とも現実を受け止めつつ差別を許さず部落大衆の生活と尊厳を守る精神とたたかいを絶やすことなく、創意工夫と試行錯誤を重ねて奮闘してきました。
 とりわけ、二年ぶりに開催した全国大会以降の2021年をあらためてふりかえり、くる年2022年を展望します。

全国結集でかちとった全国大会

 第30回全国大会。この記念すべき節目の大会はコロナ禍で様々な制約があるなか各地からの代議員を最小限におさえ、必要な対策をとって一部リモートでの参加をふくめながら7月に大阪で開催しました。
 自粛ばかりでなく目の前の現実と向き合い、絶対に逃げず、部落大衆の様々な問題を共有して困難に向き合うことから始めるということ。亡き諸先輩がそうであったようにたとえ少数であってもムラ全体、運動全体を背負って立ち、身分的差別を撤廃するという全国連としての基本路線を確認しました。特に、①狭山第二次意見広告運動の成功、②コロナ禍における大衆的要求闘争への決起、③衆議院選挙を契機とした憲法改悪阻止のたたかい、この三つを大きな課題としました。さらに「示現舎・宮部」の徹底糾弾に立つことを宣言。また、沖縄・三里塚、アジア人民と連帯して侵略戦争反対を貫くことをあらためて誓い合いました。
 こうして村上委員長、楠木書記長を先頭とする新体制のもと『新たな挑戦5ヵ年決戦』の完遂にむけて突き進む一歩を踏み出しました。

ぶっ立った青年と婦人

 青年部と婦人部は超困難な状況が変わらない渦中、8月に全青交(全国青年交流集会)を、9月に全婦大会(全国婦人部大会)を、それぞれ各地オンラインでつなぎやりぬきました。インターネットやリモート操作の専門家などいないなか、「今やれることは全部やる」を合言葉に青年も婦人も事務局が中心となって機器の準備などに奔走し、パソコンと格闘しながら開催にこぎつけました。当日は通信の不具合などのハプニングもあったものの、「コロナ時代の全国交流・情報交換・学習・討論」を貫徹し成功させました。

全力でとりくんだ狭山意見広告運動

 三年前の2018年に実現した全国紙(毎日新聞)での狭山意見広告掲載。それは部落大衆や古くからの活動家のみならず、たくさんの人々を鼓舞しました。しかも、第三次再審闘争の土俵でもある司法権力中枢の東京高等裁判所と東京高等検察庁を確実に揺り動かしました。
 しかし、事実調べ・再審開始には至っていません。そこで、再び意見広告掲載をめざして取り組みをおこない、賛同を拡大しました。各地で地を這うような草の根的運動の甲斐あって、記事掲載に必要な資金が集まりました。
 具体的には本紙10月号でもおしらせしたように、カラー見開き二面で来年5月の掲載に決まりました。現在、紙面のレイアウトなど編集作業に入っており、部落解放新聞・狭山闘争ニュース読者をふくむみなさんの積極的建設的な意見を募集中です。

差別を居直る示現舎・宮部を徹底的に追及
 インターネットを駆使して差別をあおり、部落解放運動と全国の部落大衆に敵対し続ける示現舎・宮部に対して現在も徹底的に糾弾しています。9月には再度、宮部本人に質問状を送って責任を迫りました。(詳細は本紙9月号を参照ください)
 この全国連の追及に宮部は「回答書」を送りつけてきたものの、その内容たるや苦しまぎれの言い訳ばかり。支離滅裂で「回答」になっておらず差別者としての馬脚をあらわにし、そればかりか居直りを続ける一方です。
 とはいえ、全国連は手をゆるめません。この許しがたい差別者をさらに糾弾し、その罪状を認め謝罪するまで徹底的に追及し続けます。

各地のたたかいも活性

 全国大会、全青交、全婦、狭山10月闘争の過程で、各県連大会や支部大会も開催されました。全国ではさらに、関東ブロック長野における台風災害の復興をかけた地域ぐるみの行政とのたたかい、地方選への挑戦、茨城での、県行政を丸ごと巻き込んだ研修や集会、関西ブロックを中心とした同和住宅や医療・介護をはじめとする日常生活に密着した取り組み、中四国ブロックではヒロシマやアジア侵略の総括を軸とした反戦・反核闘争の継続、九州ブロック福岡における駅前・街頭での狭山街宣とPR行動の定期化等々、幅広く豊かな運動を展開してきました。また、各地で来年の参議院選挙での態度も見据えた具体的な取り組みも始まりました。
 1992年に創立した我が全国連は来年、丸30周年を迎えます。狭山再審、要求貫徹、改憲阻止を一体のものとして勝利するためにもより一層みんなで力を合わせていきましょう。


示現舎・宮部龍彦への公開質問状 3の2
                 
                 部落解放同盟全国連合会

 示 私たちの「公開質問状3の1」に対して、宮部から11月5日付けで回答があった。
 私たちはこれまで公開質問状で宮部の主張のウソや差別性を様々な面から暴いてきたが、宮部は具体的に答えず、論点のすり替えやはぐらかしばかり書いてきた。そこで前回から論点を絞り、最初に宮部が主張している「自分は部落民だ」というウソについて追及した。
 今回の回答書は、ウソにウソを重ねるとこうなるという見本のようなものである。
 宮部は今回の質問状に対して、ネットでは「全国連は反権力でね。僕はむちゃくちゃ反権力ですよ。本来だったら全国連は示現舎の味方をするべきだと思うんですね…いい加減、やめませんか」などと泣き言をたれている。
 しかし宮部はいまだに「自分は部落民だ」というウソを撤回するどころか、一層振りまいている。私たちは宮部がウソを認めて謝罪するまで、徹底的に真実を明らかにしていくものである。

1、宮部は部落民、とする3つの根拠がデタラメであることを認めよ

 宮部は回答書で「不可解なので付言するが、貴団体はなぜ宮部が部落出身かどうかに
こだわるのだろうか」と言っている。ネットでは今回の質問状に対して「部落民かどうかというのは、はっきしどうでもいい話なんです」「こだわっているのが異常」「マウントをとろうとしている」などとも発言している。「これ以上追究しないでくれ」と言わんばかりである。
 私たちがこの問題を取り上げるのは、宮部自身が「自分は部落民だ」というウソをつき続けているからだ。そして自分の出身はごまかしながら、裁判では解放同盟員の出身地をさらし続けている。宮部が口先でいくら屁理屈を並べようと、その正体はウソつきの差別者であることを明らかにするために、私たちはこの問題を第1のテーマとしているのだ。
 私たちは公開質問状で、宮部が部落民だと主張する3つの根拠が、いずれも根拠など
になり得ず、宮部は一般地区出身者であることを明らかにしてきた。
 すなわち、(1)宮部の出身地である「鳥取市下味野415番地の1」は、下味野の中でも一般地区の本村であり、被差別部落ではないこと、(2)宮部は父親の職業を「屠殺業」などと言っているが実は「ジビエ」を趣味にしているに過ぎないこと、(3)宮部の土地が同和対策の土地改良事業の対象になったというが、隣接する一般地区の土地も含めて事業対象とすることは同和対策事業のイロハのイであること、などである。

(1)下味野の地番に関して

 ① 宮部は今回の回答書で、全国部落調査や鳥取市の同和地区の呼称などが下味野となっているから、「番地がどうであろうと、下味野とつけばそこは部落なのである」と言っている。「番地がどうであろうと」? 宮部は、とうとうここまでデタラメな言辞をはかなければ、自分が部落民だと言えなくなったのだ。
 また宮部は、部落は権力が作り、その権力が下味野は部落と言ったから部落だなどとくり返している。第1回目の回答書でも、「権力により部落民と認められた宮部龍彦が部落民以外の何であると言うのだ」などと息巻いていた。
 権力は戦前の融和事業や戦後の同和事業の対象として、全国の多くの地域で被差別部落を含む大字小字単位で地区指定し、事業の対象地区としてきた。被差別部落であるA地区を含む下味野もそうである。そんなことも知らないほど、宮部は無知なのか。いや、そうではない。知っていながら悪質なウソを重ねているから、その居直りがどんどんひどくなっているのだ。
 ② 宮部は、裁判所に出した陳述書で次のように言っている。「下味野の中でも千代川に近い地域が部落とされており、下味野本村の枝村である『A』という穢多村の存在が江戸時代の文献に出てきます。そして、実際に戦後間もない頃まではバラック小屋のような家が密集しており、差別のために近親婚が多かったと聞いています。」
 また、「鳥取市では下味野全体を部落と思っている人が多いです。…鳥取市によって
同和地区の呼称として『下味野』が使われたので、下味野の区域の住民は、よそからは部落民と思われている」と言い、自分も市職員からそのようにみられた経験を書いている。
 そして「下味野はもともと複数の自治会に別れているのだから、部落・一般という考え方はありません…少なくとも明治末期以降は下味野旧本村と旧Aの関係は差別した・されたというようなものではなくて、『なあなあ』の関係で。」などと書いている。
 これをみても、宮部は下味野の一般地区本村の出身で、隣接するA部落の差別的状況を聞いており、自分が部落民でないことは自覚していたことを白状している。

 宮部に問う。全国部落調査や鳥取市の地区指定が下味野であろうと、下味野415番地の1はA地区内ではなく、一般地区の本村であることを認め、これまで知っていながらウソをついてきたことを撤回し、謝罪せよ。

(2)父親を「屠殺業」とすることについて

 宮部は回答書において必死に論点をごまかし、父親の職業が「趣味」ではなく、保健所に届けた仕事だと言っている。
 宮部は第1回の回答書で、自分から「父親は不動産業者兼屠殺業者」だと言い、あたかも自分が部落民であるというウソの主張を補強するかのような回答をした。それに対して、私たちは父親がやっているのは「屠殺業」ではなく「ジビエ」であることを指摘し、「針小棒大にも程がある」と指摘したのだ。
 論点をごまかさず、潔くウソを認めて、撤回し、謝罪することを求める。

(3)同和対策の土地改良事業について

 宮部のような部落に隣接する一般地区の土地でも、同和対策事業の対象になることが常識であることはすでに述べた。
 宮部は第1回の回答書では「そこが部落でなければ鳥取市が『同和』予算を支出するわけがなかろう」などと無知をさらけだしているが、前回と今回の回答書ではまったく反論がない。できないのだ。これに関して宮部はネットでは「ああそうですか、まあそうですね。それがどうかしましたか」などと完全に認めざるを得なくなっている。
 それならば、こんなみっともない対応でなく、きちんと自分の誤りを認め、部落民である根拠としたことについて、撤回するべきである。

2、宮部は下味野での部落民宣言をどう受け止めたのか

 宮部は、「下味野の一部の児童がいわゆる『部落民宣言』をさせられたのですが…なぜ下味野という区域内で『部落民宣言』をさせられた児童とそうでない児童がいるのかということは全く教わっていません。」と言っている。
 ① 自分が部落民だというなら、宮部自身は「部落民宣言」をしようと誘われたことがあ
るのか。
 ② 宮部自身は部落差別を受けた経験があるのか。
 ③ 宮部の親は自分が部落民だと言っているのか。
 ④ 宮部は親から部落民だと教わったことがあるのか。答えよ。

3、神奈川県の原告の本籍地への転籍について

 宮部は、解放同盟が「戸籍や住民票」を根拠にしていることを逆手にとって、「それなら戸籍や住民票を移動すればだれでも部落民になれる」といって、自分も神奈川県の原告の本籍地に自分の本籍を移した。そして、「本籍地が部落に有るのだから宮部は間違いなく部落民である」なとど回答している。
 これは、宮部の差別者としてのあくどさを典型的に示すものである。宮部の言っていること、やっていることは、現実を無視した下らない言葉遊び、書類遊びに過ぎない。以前から興信所などを使って相手の戸籍をとり部落民かどうか身元調査をする人たちがいる。だから差別から逃れようと、つらい思いで本籍を転々と移す人もいたのだ。そのような部落の人たちをあざ笑う行為だ。
 また、それ以上に多いのは、先祖がどうかや、戸籍がどうなっているかなど分からなくても、「あそこの地区の出身だ」というだけで、部落出身者を差別し排除する人だ。「被差別部落」と周りが見なす地区に生まれたというだけで差別を受ける。この身分的差別としての部落差別は、今も厳然とある。
 被差別部落に生まれていない宮部は、いくら「自分は部落民だ」「本籍を部落に移した」などと絶叫しても、部落差別を受けることはない。興信所が調査すれば「彼は部落出身者ではないが、本籍を部落に移した変人である」という報告書が書かれるだろう。
 宮部を部落出身者などと言うのは、せいぜい「下味野」全部が被差別部落だと勘違いした市職員や市民がいるくらいだ。
 宮部の魂胆は見え透いている。自分が下味野の部落出身でないことを明らかにされたために、下味野から目をそらせ、神奈川へと焦点をずらしたいのだ。だが宮部が部落民かどうかは、下味野で決まる。そこから逃げることはできないのだ。
 宮部は、いい加減「部落」や「部落民」についての言葉遊び、書類遊びをやめたらどうなのか。そして自分が「部落民である」というウソを撤回して、謝罪したらどうなのか。答えよ。

4、部落民と主張するぶざけた動機について

 宮部は鳥取ループを初めた当初、ツイッターに「鳥取ループはガチの同和地区住民で、同和地区出身者です。本人が言うのだから間違いありません。アイヌ優遇策が始まったらアイヌにもなる予定です」とツイートした。
 また「本当かどうかはご想像に任せますが、この国では誰でも同和地区住民を自称できる」「(このプロフィールは)半分皮肉が入っています」などと述べている。
 このふざけた自己紹介だけでも、宮部は自分が部落民だなどと本気で主張しているのではないことがよく分かる。しかしこれは「冗談」などと言って逃げられるような言辞ではない。部落民やアイヌをからかいの対象とする差別者そのものではないか。
 ① 「本当かどうかはご想像に任せます」「半分皮肉が入っている」とはどのような意味
か。
 ② 宮部は、「次はアイヌになる」のか。答えよ。

5、部落所在地をたれ流すことの犯罪性

 宮部が部落出身者であるというウソを暴くことが、公開質問状3の趣旨であるが、宮部が回答書で、全国連は支部名=地域の部落名を公然化しながらゼッケン登校などを行ってきたが、これは寝た子を起こす論ではないのか、全国部落調査の公開に反対するのは寝た子を起こすな論であり、いつから転向したのか、その矛盾について理論的に説明を求める、としているので、一言触れておく。

 ① 宮部は全国部落調査の公開が、〈部落を明らかにする論〉と〈部落を隠す論〉の対立であり、前者の方が部落解放につながるという、路線論争のように押し出している。しかしそれは後からこじつけたものであり、宮部の本音は当初あけすけに自分で言っていたように、「ばんばん売って金儲けしますよ」ということだ。そんな宮部が、路線だ理論だなどと言うこと自体がおこがましい。
 この点については、質問状4以降で徹底的に明らかにする。

 ② 私たちが自分たちの部落名を支部名に冠し、ゼッケンや荊冠旗に書き、それを明らかにしながらゼッケン登校などを闘うのは、第1に、部落差別を受ける者としての自覚と、
差別と闘う主体をつくりあげるためだ。部落差別をなくしていく主体は、全国水平社綱領にあるように「部落民自身の行動によって絶対の解放を期す」ということだ。そのために自らの部落を誇りとして掲げて闘うのだ。その場合、差別が厳しい故に「寝た子」として生きる選択をしているきょうだいの痛い思いも引き受け、励まし、ともに闘う戦列に加わるように働きかけていく。
 第2に、その主体づくりの基盤の上に、多くの労働者人民との共同闘争を発展させ、部落差別を生み出し労働者階級を搾取・抑圧する国家権力を打倒し、部落解放・労働者解放の未来を切り開いていくのが私たちの運動だ。
 単に、「自ら明らかにするカミングアウト」か、「他者が暴露するアウティング」かといった平面的な問題ではない。
 私たちのこの立場と、ただ全国の部落地名をたれ流す宮部(しかも金儲けの手段とし
て!)とは、正反対だ。宮部は、即刻部落解放運動への敵対をやめるべきである。以上。

2021年12月14日 部落解放同盟全国連合会

2021年11月の記事
狭山全国統一行動

10.31寺尾差別判決47ヶ年糾弾!

全国各地で狭山署名活動

10月10日 大阪・京橋
狭山への関心が高まる

 緊急事態宣言解除後の第2日曜日、7ヶ月ぶりに京橋駅街宣を再開しました。さすが京橋は、大阪第3のターミナルと言われるだけあって人出は全く心配ありませんでした。この日は駅前の広場に荒本、寝屋川、西郡、野崎、大阪狭山実行委員会から13名が結集。11時から2時間の街頭宣伝で狭山ビラ300枚を配布、署名11名、カンパ500円を達成しました。
 第3次再審が今年、鑑定人尋問―事実調べをめぐる重大な局面を迎えていること、弁護団が下山第2鑑定の決定的証拠を提出したこと、そして、いよいよ来春には弁護団が、東京高裁に事実調べ―鑑定人尋問の請求を行うことを表明し、その同時期に狭山第2次意見広告が、全国紙にカラー2面掲載が決定したことを通行人にビラで訴えました。
 「今大切なことは、石川さん無罪を証明する下山鑑定をはじめ新規・明白な新証拠が、弁護団から次々と提出されている事と、『東京高裁は1日も早く事実調べを行え!』という声が、今後大きくなれば、再審のトビラは必ず開きます。みなさんの声をどうかこの狭山署名に託してください。」と、声を大にしてアピールしました。
 ビラを配る仲間も、足を止めた通行人に必死に食い下がって署名を促して、その熱意に応えた人は、署名用紙にペンを走らす時、とてもすがすがしい顔をされていました。
 それでも、まだまだビラを受け取る人達は、コロナ情勢とは言え少なかったように思えます。やはりもっと街頭宣伝の回数を増やして粘り強く訴えを繰り返し、毎回工夫をこらして狭山の最新情報を伝える中で関心を深めてもらうよう、たゆまぬ努力がこれからも必要です。
 大阪では、こうした街頭宣伝とともに、大阪狭山実行委員会を結成して6月20日には「狭山映画と講演の集い」を緊急事態宣言下にもかかわらず34名の参加で開催し大成功しました。そして来る12月5日には「久保敬(たかし)校長を招いての講演集会」を開催して、狭山再審に向けた広範囲な陣形を築くために奮闘努力しています。

10月17日 長野市内6地区
狭山署名で村の思いを実感

 10月17日(日)、長野市内の部落へ狭山署名に入りました。
〈大町(おおまち)地区〉
 この村は、台風19号災害によって数件しか残っていませんが、3軒の人が署名に協力してくれました。反応は「狭山事件、昔の話だね。聞いたことがある。裁判所を動かせるように頑張って下さい」と署名してくれました。
〈南堀(みなみぼり)地区〉
 高校時代の知り合いで、第1回目の狭山意見広告にも賛同してもらった人です。話をするとすぐに署名に応じてくれました。
〈吉田(よしだ)地区〉
 かつて解同の支部があったところですが、今は解散しています。「みなさんの声で、裁判所を動かしましょう」と訴えると、「署名だけなら協力します」と言って署名に応じてもらいました。
〈篠ノ井(しののい)地区〉
 60代男性が「狭山事件は長いですね。若いころは何度か話を聞いたことはあります。ぜひがんばって下さい」と署名をしました。
 また、70代男性が、「昔は組織もあって、会合も開いていた。今はそれもなくなってしまった」と解放運動の衰退をなげきながら、狭山への想いを署名に託してくれました。
〈松代(まつしろ)地区〉
 部落と一般の混住が進んでおり、すべての家を訪問しました。
 70代男性が「若いころはバスに乗って狭山のことで裁判所に行ったものだ。署名は当然のことだ」とすぐに応じてくれました。
 30代の若い夫婦が「ちゃんとした裁判をすべきですね」とすぐに署名に応じてくれ、「家族が多いのですが、全員の分を書きましょうか」と言って、6名分の署名をいただきました。
〈若穂(わかほ)地区〉
 「狭山署名のお願いに来ました」と伝えると、皆さん二つ返事で「協力するよ」とボールペンをとってくれて、またたく間に署名が集まりました。
 また、K地域では2軒で若い婦人が署名に応じてくれて家族にも声をかけて複数人分を書いてくれました。
 解同本部派の運動が衰退し、村の中では運動がありません。しかし狭山闘争は村の人の関心事であることが、署名を通じて改めて実感できました。
 今後も署名運動を続けますので、ご協力をお願いします。

10月31日 狭山学習会(山口・陶支部)
写真による報告

茨城では狭山報道特集のDVDで学習

 茨城ではコロナウイルス感染が収まっていないため、未だになかなか集まることが厳しい状況です。そのため狭山統一行動として、『次は私の番~動き出した狭山事件』のDVDを各支部に送り活用・学習しました。1日も早く、要請行動、5月の中央集会、意見広告運動で事実調べ、証人・鑑定人尋問を勝ち取るため頑張ります。
 また、今後の予定としては11月20日~21日に、中田支部研修会が行われる予定で、この中での上映も企画しています。

10月31日 福岡・天神
寺尾判決糾弾!再審を訴え(投稿)


 今年も10月31日がやってきました。私たちにとっては絶対に忘れることのできない47年前の東京高裁寺尾判決(無期懲役)の日です。当日、背広に革靴を持参して無罪放免を確信し臨んだ石川一雄さんにとっては、言い表すことのできない怒りの日となっていることでしょう。私たち実行委員会のメンバーも、この10・31寺尾判決糾弾!第3次再審勝利の決意を胸に、全国でとりくまれている闘いと連帯して第47回狭山街宣を行いました。
 いつもは第4日曜日の取り組みですが、今回は31日に合わせて行動することを会議で決めてのとりくみです。18名のメンバーが早々と街頭に立ち、行き交う人々に声を掛けます。
 開始早々、年配の女性があらわれ「みなさんが毎月がんばっているから」と千円のカンパをいただきました。当たり前のようにやっている街宣ですが、このように見てくれている人がいることに、石川さんの無実と運動の正義を改めて感じさせてもらった瞬間でした。
 万年筆がニセモノであることを明らかにしているパネル数点。興味深そうに見ている若い女性がいました。メンバーのひとりがチラシを渡し狭山の話をすると、「初めてこの運動を知りました。はじめてなので、ちゃんと知っておかないと、と思い見ていました」と言い、そしてメンバーに「あなたはどうしてこの運動をしているのか?」とたずね、解放運動へのかかわりや狭山のことを丁寧に話し、詳しい本があることを紹介しました。署名を訴えると、個人情報のことでフルネームを書くのを躊躇(ちゅうちょ)されましたが、責任をもって東京高裁へ提出することを確認して一筆いただきました。
 一人の女性が、署名を訴えている仲間の前に立ち止まり、自分が教師で「狭山を学校で教えている」と言い、自ら署名をしていかれました。更に、若い男性も女性もチラシを受け取り署名に応じる姿がいくつも見られました。
 また、この日は大通りを挟んだ反対側で、日本キリスト教団の方が、10・31狭山を訴える独自のチラシを配布しており、ともに頑張りましょう!とエールの交換を行いました。
 途中、YouTubeにアップされていた、石川一雄さんと早智子さんのアピールを見つけた仲間が、早速マイクで流し通り行く人の耳目を集めていました。チラシ250余を配り、30筆の署名をいただきました。
 最高裁判事の信任をはかる投票がこの日行われましたが、石川さんは「当たった裁判官が悪かった、という司法では元来ダメなんだ」と訴えます。全くその通り!東京高裁・大野裁判長が正しい判断をするためには、5月意見広告とその運動が決定的です。石川さんと共に、権力犯罪を許さず、事実調べの実現と再審の門を開くために奮闘しましょう!


示現舎・宮部龍彦への公開質問状 3の1
                 
        部落解放同盟全国連合会

 示現舎・宮部龍彦(以下宮部と略)への公開質問状2に対して、宮部からの回答書が、9月15日付けできた(以下回答書と略)。
 今回の回答書では、ほとんど全ての質問に対して、何一つまともな回答はない。とくに、具体的な質問点に対して、具体的な回答がない。あるのは、宮部の苛立ちに満ちた感情的作文である。
 こうなると、公開質問状のやりとりとしては、体をなすことが難しい。宮部には、具体的な質問点について、逃げずに、回答することを求める。そのため、公開質問状の3においては、ひとつひとつ、項目をしぼって、宮部回答書の矛盾、問題点を指摘し、再回答を求めることにしたい。そうすることで、宮部の感情、暴言に惑うことなく、より本性が見えてくるにちがいない。
 したがって、今回はひとまず3の1とし、宮部がイの一番に主張する「俺は部落民だ」というウソについてとりあげる。

 回答書において、宮部は、またしても「俺は部落民だ」と主張する。そして、「宮部は部落民ではない」と証言した出身地の近くの住民に八つ当たりし、「証言者をだせ」といきまいている。苛立ち、感情にかられ、故郷の住民にまで敵意をむきだしにしている。
 宮部にひとこと言っておくが、君が部落民ではないことは、故郷の住民の間ではとっくに知れ渡ったことであり、周知の事実である。それが、人々の口の端に上るようになったのは、誰あろう、宮部自身が「俺は正真正銘の部落民だ」などと吹聴するからである。身から出た錆とはこのことだ。それを、逆切れして、住民に毒つくとは、いかにも宮部らしいが、「誰が言ったのか」と問われれば、それは君の故郷の全住民だと言っておこう。
 宮部がこの点でいたく気に病んでいるので、逆に聞こう。宮部よ、君があくまでも「部落民だ」と言い張るなら、君こそ、その証人を下味野の住民から一人でも出してみよ。自分で、故郷の住民をくまなく回り、自分の評判を聞いてくればいいのだ。

 さて、回答書では、次の何点かで、こちらの質問には何一つ答えず、回答の欠片もない。

(1) 宮部の出身の住所を、全国連が、鳥取市下味野415番地の1と表記したことについて、そしてそこは、明白に被差別部落ではないと指摘したことについて、具体的な反論がない。具体的に反論できないのか。「部落探訪」で、散々各地の被差別部落を晒しものにし、他人の住所氏名を勝手に暴露して悦に入っているくせに、自分のことになると逃げ回る。とんだお笑い草ではないか。

(2) 宮部の父親の職業について、全国連が、ジビエを趣味にしているに過ぎずそれをもって「屠殺業」というには、針小棒大にも程があると指摘したことに対して、全く反論がない。何も反論がないということは、全国連の指摘通りということか。しかし、これは宮部のほうから、第1次質問状への回答として言いだしたことである。それに全国連が正解を出したに過ぎない。まさか、真相が簡単にばれるとは思っていなかったのか。何一つ反論ができないなら、「父親が屠殺業」というウソをついたことを認め、はっきりと撤回せよ。

(3) 土地改良の件について、これも全く反論がない。宮部は、自分の親の土地が、同和対策事業で改良工事に付されたので、それをもって「俺は部落民だ」という根拠のひとつに主張した。しかし、全国各地、同和対策事業での土地改良に際して、同和地区だけでは土地が狭く改良事業が困難なことから、近隣の一般地区の土地も一部に含めて工事が成立することは、ままあることである。こんなことは、世間の常識の範囲だ。宮部が、自分のウソの陣立てにするには、余りにもお粗末というもの。この点も、宮部自身の浅はかさ故、身から出た錆だ。何一つ反論ができないなら、ウソを認め、はっきりと撤回せよ。

 以上、3点について、再度質問し、宮部の回答ないし態度表明を求める。
 なお、言うまでもないが、これら3点は、宮部の「俺は部落民だ」という主張の是非を洗い出す決定的な論点である。このまま、宮部が具体的な反論ができなければ、即ち、宮部はウソつきであると、満天下に晒すものとなろう。
 11月15日を期限として回答を求める。
 
2021年10月30日 部落解放同盟全国連合会


総選挙結果を踏まえ、闘う市民と共に

憲法改悪阻止!侵略国家化阻止!に決起しよう


 10月31日投開票の衆議院選挙は、立憲民主党96(公示前110)、共産10(同12)、れいわ3(同1)社民1(同1)の野党共闘は議席を減らし、自民261(同271)、公明32(同29)、維新41(同11)となり、自民は15人減らしたが、公明3人増、維新が30人増、その他、国民11(同8)、無所属11(同11)となりました。
 この結果、今回の衆議院選挙で自民、公明、維新を合わせて334議席となり、引き続き憲法改悪を発議できる3分の2の議席を占める結果となりました。
 一方野党は、市民連合と4野党(立憲・共産・社民・れいわ)の政策合意という形をとって、「自民・公明対野党共闘、国民民主」という形で7割超えの小選挙区で接戦に持ち込みました。
 そして、甘利・自民党幹事長や石原伸晃元自民幹事長など自民党幹部を小選挙区で破り、一定の成果を上げました。しかしながら期待したほど票を伸ばすことができず、比例で大きく議席を減らし、非常に厳しい選挙結果となりました。
 とりわけ大阪府では19の小選挙区のうち、維新が15の小選挙区、公明が4の選挙区をとり、10区の辻元清美さん(立憲)までが落選しました。
 選挙の結果は改憲阻止闘争の厳しさを示しています。自民党は選挙公約で「衆参両院の憲法審査会で憲法論議を深め、改正原案の国会提案・発議を行い国民投票を実施し、早期の改正を実現する」ことを掲げました。さらに、敵基地攻撃能力の保有や軍事費のGDP比2%以上の増額」などを掲げています。
 そして、岸田文雄首相は選挙後の記者会見で「党是である憲法改正に向け精力的に取り組んでいきます。与野党の枠を超え、憲法改正の発議に必要な国会での3分の2以上の賛成を得られるよう議論を深めていく」と改憲に積極的に取り組むと発言しています。
 「自民党の右側(に位置する)政党」と自負する維新代表の松井(大阪市長)は、2日の記者会見で憲法改正について「来年の参議院選までに改正案を固めて参議院の投票と共に国民投票を実施すべきだ。参議院の大きなテーマになる」といいました。そして松井代表は「まずは憲法審査会を正常化させることだ、立憲民主党と共産党のボイコットで議論が進んでいない、キチッとスケジュールを決めて各党・各会派が出席することだ、ボイコットする側をいくら待ってもしかたがない」と数の力で押し切る暴言を吐きました。
 わたしたちは、大きな危機感を持って憲法改悪阻止へ立ち上がらなければなりません。改憲派が3分の2以上であっても9条改憲を巡って一致しているわけではなく私たちの闘い方いかんで阻止できます。
 今こそ闘う市民と共に憲法改悪阻止!敵基地攻撃能力保有・侵略国家化攻撃と闘おう。沖縄県民と連帯し辺野古新基地建設阻止を闘い抜こう。


2021年10月の記事

寺尾判決47ヶ年糾弾

10・31狭山全国統一行動にたとう

 1974年10・31寺尾判決から47ヶ年をむかえる。寺尾判決は、今なお、石川一雄さんに殺人犯の汚名をきせ、見えない手錠で縛り付けている。絶対に許すことはできない。

10・31、全国で寺尾判決糾弾の統一行動に総決起しよう

 47年前、寺尾判決をなぜ許したのか。十万を超える人々で、日比谷公園を埋めた。にもかかわらず、なぜ。
 私たちは、第3次狭山再審で寺尾判決崩壊に迫っている今こそ、この点にこだわり、二度と寺尾判決を繰り返さない深い意識で武装しなければならない。 当時、裁判では、事実調べが日程に登っていた。狭山での事実調べとは、権力犯罪を暴き、覆すことに他ならない。それは、法廷を包囲する大衆的糾弾闘争と一体のものである。
 しかし、寺尾裁判長が狭山担当に就任し、事実調べが後退したとき、既成指導部はそのことに固執するかわりに、公正裁判に期待し、寺尾判決を促進する方向を選んだが、それは大きな間違いだった。事実調べで徹底的に争うことはどこかに消し飛び、寺尾が公安条例違反事件を無罪にしたことに期待をつのらせた。しかし、その寺尾が、当時狭山と並行して審理していた東大裁判で、超強硬な事実審理打ち切り、60年安保いらい初の重刑判決を下したことには、一顧だにされなかった。
 狭山事件は、権力犯罪である。この真実から一刻も目を離してはならない。大衆的な糾弾闘争と、法廷での徹底的な事実調べとが結合することではじめて打ち破ることができる。下山鑑定・第2鑑定は、その点で、最も鋭角的な切っ先である。
 私たちは、処分、全国連創立、いやもっと前の寺尾判決いらい、辛酸を舐めてきた。30年,40年、50年かけて、どん底から這い上がってきた。そして艱難辛苦の果てに、ついに事実調べの渡口に着いた。石川一雄さんは82歳。次はない。共に背水の陣にたって、寺尾判決に引導を渡そう。
 来春の意見広告、報告集会に向かって、一千人の決起を。 


狭山意見広告の掲載時期と10・31狭山中央集会の

        変更についてのお詫びとおことわり

        
            2021年9月28日 
              部落解放同盟全国連合会
              中央本部 三役会議


 ご苦労様です。日々の取組み、とりわけ狭山意見広告運動の全力での取組みに深く敬意と感謝を表します。
 9月27日に、東京にて、狭山意見広告運動のよびかけ人会議が開かれました。そこにおいて、率直な意見交換・協議のすえ、次のような結論となりました。

9・27よびかけ人会議の結論
 意見広告の掲載時期等については来春5月連休、全国紙の2面見開きカラーとする。
 その理由は、ごく最近の情報として、中北弁護団事務局長が、狭山弁護団としてはじめて「来春ころ事実調べ請求」と明言されたこと。故に、意見広告のタイミングとしては、10月ではピントがずれ、来年5月が最も適当であること。
 また、2面見開き・カラーのインパクトは物凄く大きいこと。
 また、コロナ禍で実行委としての動きが制約され、何もできないうちに10月掲載ではなく、来春5月なら実行委として動いたうえで迎えられること。
 しかも10月では、総選挙がかぶり、そんなときに広告を出しても選挙に消されてしまい、余りにもったいないこと。
 意見広告のレイアウト等についても、ついては十分な時間をかけ、よびかけ人・賛同人からも広く意見を募ること。
 報告集会を、5・22東京ほか全国数カ所で開催する。よびかけ人、賛同人の協力を得て、実行委をきちんともって、積極的に裾野を広げていく。
 2度の意見広告運動を継承し、事実調べ・再審実現まで繋げるものとして仮称「狭山の再審を動かす1000人市民委員会」を構想していく。
 鑑定人尋問を要求する署名、要請行動、現地調査などにとりくむ。
 以上の4点について、賛同人に丁寧な説明を要する。

全国連としての緊急判断
 以上の緊急かつ重大な事態を聞き、全国連本部三役会議としては、呼びかけ人会議の状況判断、結論を潔く受け入れ、改めて以下の方針変更を提案します。
 意見広告の掲載時期等については来春5月連休、全国紙の2面見開きカラーとする。
 ついては、10・31に予定した狭山中央集会についても、5・23(5・22)東京ほかでの意見広告報告集会に変更する。意見広告報告集会にふさわしく実行委員会をもって準備し、東京をはじめ、全国数カ所で開催を追求する。またその取り組みの中で「1000人市民委員会」の創設を追求する。
 なお、10・31については全国統一行動とする。
 以上について、できるだけ早急に臨時の中央執行委員会を開催したいところ、各地とも秋のムラ行事等で一堂に会する機会がもてず、やむを得ず、文書持ち回りで中執にかえさせていただきます。

心からお詫びします
 同盟員、賛同人の皆様には、狭山弁護団が来春に証人調べを請求するという重大な進展のため、意見広告の時期がこの10月から来年5月に変更となり、昨年の1年延期につぐ2度目の延期となってしまい、心からお詫びを申し上げます。
 しかし、3度目の延期は、全国連の政治生命にかけて絶対にありません。
 これまで、今度こそ、10月掲載に向かって、全国各地で懸命に取り組んでまいりました。それを信頼し、貴重なカンパを寄せてくださったことに、改めて深く感謝を申し上げます。その期待通りにならず、また半年の延期となることには、心苦しいかぎりです。
 しかし、皆様のカンパは1円1銭、決して無駄にせず、当初の予定よりよりはるかに素晴らしい、狭山では初めての2面見開き・カラーとして、半年先には見事な果実を実らせることをお誓いします。


プライバシー権の侵害認め

 出版差し止め、電子データ削除


「全国部落調査」復刻版出版事件裁判判決


 9月27日(月)午後2時から東京地裁で、「全国部落調査」復刻版出版事件裁判の判決公判が行われた。その後、部落解放同盟主催の報告集会が、日比谷図書文化館地下1階ホールでもたれた。
 責任者に取材の了解をいただき、判決公判と報告集会の報告をします。

 原告は部落解放同盟と部落出身者248名。被告は示現舎。
 判決公判には、各地から100名以上の同盟員・支援者が駆けつけ、さらに20名を超える報道陣が正門前に陣取り、地裁前は異様な雰囲気に包まれた。この判決公判が社会的注目度の極めて高いものであることが実感できた。
 コロナ渦で傍聴席が半数に抑えられるなか、抽選で約50名が傍聴席を埋めた。私は運良く抽選に当たり、公判を傍聴することができた。
 公判廷では、原告側は弁護団ら6人が出席。被告席は欠席のまま、主文が読み上げられた。
 主文は15項目で構成され、それぞれに別紙や目録の番号が読み上げられるといった内容のため、傍聴人にとって判決主文はほとんど理解できないものだった。

 判決後、報道陣と解放同盟員・支援者が歩道上を埋め尽くして見守る中、弁護団から簡単に判決内容が報告された。
 終了後場所を移して、午後3時過ぎから報告集会が行われた。
 
 このうち弁護団報告、解放同盟代表あいさつと質疑応答での会場からの発言者3人の発言要旨を紹介します。

□弁護団報告
●河村弁護士
 「全国部落調査」復刻版出版差し止めを認めた。しかし全部ではなく千葉、三重、富山、山口、佐賀、長崎の6県は認められなかった。何故、一部は認められないのか。
 プライバシー権について、解放同盟役員や一部の原告は、自ら情報を開示しているとの理由で権利侵害を否定し、所属する県には出版差し止めを認めない。
 原告が県で一人の場合、権利侵害なしとされれば、出版差し止めは認められない。
 損害賠償は、一人5,500円から44,000円の間の金額となった。原告のうち、本籍は部落だが現住所が違う人は賠償額が低く見積もられている
 カミングアウトについて、果たして裁判所はきちんと理解しているのか。控訴審で訴えていく。
 差別をされない権利は、どの原告がどういう状況にあるかではなくて、部落全体の問題であるにも関わらず、裁判所はこの点を全く認めていない。
 大勝利として喜ぶわけにはいかないが、宮部のやっていることに、一部歯止めがかけられた。
●山本弁護士
 裁判は勝利したと言える。しかし同時に、司法の限界がある。
 特に、差別されない権利が認められなかった。復刻版出版は、全体に差し止めが認められなかった。
 しかしプライバシーの権利侵害が認められたことで、評価できる点があるのではないかと思う。
●中井弁護士
 判決主文は、第1番目から第15番目まであり、別紙、目録の番号を読み上げた。
 例えば、削除せよ。そのうちの別紙〇号、〇号と言うように。だから聞いてても分かりにくい判決だった。
 この裁判は5年以上かかり、皆さんは大変だったと思います。県連の方も。
 判決には不当な部分もあるが、約250人が原告として起ち上がって裁判しなければ、この判決は無かった。皆さんが起ち上がった結果、今日の判決を勝ち取った。
□解放同盟代表あいさつ
●西島書記長

 この裁判を21都府県から248名が原告としてたたかった。
 出版の差し止め、WEBへの掲載差し止めというわれわれの主張は通った。しかし一部の県を除く、それ以外でという中身だった。
 われわれは了解できない。直ちに控訴を準備する。
 損害賠償についても、原告248名は個人でそれぞれ違う。これも不満である。
 裁判の勝利にむけ本部としてがんばる。
□質疑応答から
●Aさん

 「(出版差し止めを)限定的に認めるとは、そんなこともあるのか。私らは全国で差し止めを求めた。こんなことは認められない。地域を区別しているのか。
 こんな判決では、今後、地域ごとに裁判をやらなければならない、という構図になる。この点どう考えるのか」
●Bさん
 「私たちの県が差し止め除外となったのは原告のCさんが亡くなったことが理由か?県連はこれまで、C県連と言われてきた。
 Cさん一人が原告になっていたが、亡くなってしまった。何故言ってくれなかったのか。言ってくれれば、ムラから5人でも6人でも原告は出せた。
 3月にYouTube(ユーチューブ)で、地域の白山神社を撮影したのが公開された。地域は80世帯あり、半分は『寝た子』だが、ユーチューブの件で地域の人は皆、針の上に立たされた思いでいる。
 今後、県連としてどうしたらいいのか。県とも話をしたが、YouTube(ユーチューブ)はそのまま。どうしたらいいのか」
●Dさん
 私は79歳にもなって。この30~40年人権問題に関わってきたが、どういう教育でこんな判決ができたのか。裁判を傍聴して裁判長の顔が見たかった。
 どれだけ差別に耐えて生きてきたのか。それを土足で踏みにじられた。
 
 今回の判決について宮部は、WEBの「全国部落調査事件 東京地裁判決の全内容」に判決文全文を公開し、「この裁判は私的な民事訴訟であって、全国部落調査の公開の是非を公に問う裁判ではない」と暴論を吐き、「無論、示現舎としては控訴することを決定している」と主張している。断じて許せない。
 今後控訴審が始まる。「全国部落調査」復刻版出版の全面差し止め実現へ、私も共にたたかいぬきたい。(投稿・K)


2021年09月の記事

意見広告10月掲載の成功かちとり


10・31狭山中央集会

       ー11・1要請行動へ


  
衆議院選挙に全国でとりくもう


寺尾判決47ヶ年糾弾

47年前(1974年)の10月31日を忘れることはできません。この日、東京高裁・寺尾裁判長は、無実の部落民、石川一雄さんに強姦殺人の罪を着せ無期懲役の判決をくだしました。仮出獄されたとはいえ、石川さんは今も見えない手錠で繋がれたまま、82歳になりました。
 3回目の再審申し立てから15年、寺尾判決を打ち破るときがついにきました。この第三次再審請求の中で、多くの証拠開示をさせ、弁護団は240点をこえる石川さん無実の新証拠を明らかにしました。とりわけ、石川さんの家から「発見」されたとされ、決めての証拠とされた万年筆が、被害者のものではなく、警察によって捏造されたものであることを、インクの科学的鑑定・下山鑑定によって完全に証明しました。寺尾判決は崩壊したのです。来る10・31、東京に総結集し、このことを高らかに宣言しましょう。

意見広告の成功で事実調べへ

 現在の第三次再審において、狭山では一度もやられていない事実調べを実現する、これなしに勝利はありません。その突破口を開くのは、万年筆をめぐる下山鑑定人の尋問を実現することです。
 そのためには、大きな世論が必要です。2回目の狭山意見広告運動がよびかけられ、あと一息のところまできています。この成功をかちとるため、いま一つの尽力を心から訴えます。全国紙の意見広告10月掲載を実現し、10・31中央集会―11・1要請行動の熱気で、事実調べ・再審の扉を押し開けましょう。
 これに対して、検察は、突如として「万年筆の水洗い」を唱え、下山鑑定を無きものにおしやろうとしています。絶対に許してはなりません。仮に「水洗い」しても、万年筆のインクは消えません。検察の卑劣な策動を粉砕し、下山鑑定の事実調べを実現しましょう。

コロナに便乗した改憲許すな
 
 すでに、選挙戦は始まっています。この度の選挙は、憲法改悪の是非を問う選挙です。自民党の掲げる憲法9条への自衛隊明記とは、帝国軍隊の復活のことです。緊急事態法創設とは災害対策を口実とした戒厳令の復活のことです。
 菅政権は、新型コロナウイルス・デルタ株の感染爆発に便乗して、火事場泥棒よろしく憲法を変えようとしています。それを認めることはまさにいつか来た道です。改憲に反対する候補・党を支持し、全国で総決起しましょう。


示現舎・宮部龍彦への再質問


1、宮部龍彦は「部落民だ」というウソを撤回し謝罪すること
 

 示現舎・宮部龍彦は、みずからの回答書において「宮部龍彦は間違いなく部落民」と断言しています。しかし、宮部龍彦は部落民ではありません。
 宮部龍彦に問う。なぜ、こんな見え透いたウソをつくのか?「宮部龍彦は間違いなく部落民」というのは、ウソであることを潔く認め、謝罪・撤回し、ネットや裁判においても公表すべきだと思うが、どうか?
 宮部龍彦の出身地は、鳥取市下味野415番地の1です。この下味野地区には、確かに被差別部落は存在しますが、それは下味野地区全体ではなく、下味野の中の限られた一部の区域でしかありません。宮部龍彦の出身地、下味野415番地の1は、そうした一部の区域ではなく、それ以外の一般区域にあります。
 宮部龍彦が並べている理由も、みんなデタラメです。その点も、潔く認めて謝罪・撤回すべきだと思うがどうか?
 例えば、宮部龍彦は、回答書において、「父親が屠殺業」と言い、あたかも部落産業に従事しているかのように言います。だが、これもウソです。父親は、猪、鹿などのジビエに係っているというだけのことです。
 また、同じく、「父親が所有する田んぼが同和予算で改良されたから」と言います。しかし、これも単に、鳥取市が同和事業の関連対象地区としたものであり、その土地の所有者が部落民であることにはあたりません。全国的にも、部落に近接する地区では、部落の中に存在する場所だけでは、事業として成立しないことから、同和事業対象地区として改良事業にふされることはよくあることです。

2、「同和地区Wiki」の創設者としての責任を明確にすること

 宮部龍彦は、回答書において「間違いなく同和地区Wikiの創設者」と、認めています。しかし、「ある時から大衆運動化し、完全に宮部龍彦の管理を離れている」と言います。
 「同和地区Wiki」の創設者である、と認めたことは重要です。であるならば、創設者として、最も重い責任を問われるのは当然です。「同和地区Wiki」が、ネット上で全国の被差別部落の存在を晒しものにし、茨城県古河市のような差別事件を生み出したし、今も日々その状態が続いている、その最大の責任は宮部龍彦にあります。
 宮部龍彦に問う。創設者であると認めた以上、その責任を明らかにし、そこから派生する問題も含めて、謝罪することが当然だと思うが、どうか?
 「大衆運動化」云々とは、何が言いたいのか?「大衆」のせいにして、自分は責任逃れをしたいのか? 「大衆運動化」が、仮にそうだとしても、であれば尚更、創設者として「大衆運動化」に火をつけた宮部龍彦の責任はどこまでも免れません。
 どんな言い逃れをしようとも、「全国部落調査」をヤフーオークションにかけたのは一体誰なのか?
 「全国部落調査の復刻版を禁止されたから、ネット上の同和地区Wikiをやった」と、腹いせまぎれの捨て台詞を吐いたのはどこの誰であろうか?
 今更、これらの犯行を「大衆」のせいにするほど、宮部龍彦は度し難い卑劣漢なのか?

3、部落探訪は、勝手に部落を晒すだけのものであることを認めること

 同じく、部落探訪について、「部落についての正しい知識を広め、正しい寝た子の起こし方を実践した」「学術研究のため」と言っています。
 「正しい知識(?)」「正しい寝た子の起こし方(?)」。ではなぜ、わざわざ断りも無しに、家の門札や車のナンバー、墓石の名前まで、ことさら事細かに晒す必要があるのか?。それと「正しい知識」のどこが関係あるのか?。そもそも、当該の部落側から頼みもしないのに、なぜ各地の部落を晒すのか?。頼みもしないばかりか、被写体とされた部落側から、大勢の部落大衆がやめろと言っているのに、なぜ聞く耳を持たないのか?。そのようなものの一体どこに「正しい知識」があるのか?。
 ふざけるにもいい加減にしろ。
 宮部龍彦の「学術研究」なるものは、アジア侵略戦争を「アジア解放のため」と言い生体解剖を「医学の進歩のため」と言った、帝国主義侵略者の極悪の論理と、まったく同じです。宮部龍彦は「差別を無くそう、と掲げる興信所が一体どこにあるのか」と開き直っていますが、現に「侵略」を「解放」と言い、「殺人」を「医学」とうそぶく連中は存在します。宮部龍彦の言い分は、それとどこが違うのか?

4、古河市元係長による差別事件をひきおこした責任を認めること

 さらに、回答書とは別に、最近になって宮部龍彦は、茨城県の古河市元係長の差別事件についてネット上でデマを流し、また、古河市内の未組織の部落を含む「部落探訪」を執拗にくりかえしています。
 古河市元係長の差別事件については、「日頃から愛する会が役所に対して糾弾しており、そこでK係長が愛する会を利用することを思いついた」と、K係長を擁護し、差別事件の原因を、地元の運動団体である部落解放愛する会に転嫁して、愛する会を非難しています。また、「同和地区Wikiは流れの中でたまたま出てきたに過ぎず・・・むしろ運動団体や行政が反省すべき」とも述べて、「同和地区Wiki」を擁護し、この問題の原因を「むしろ運動団体の糾弾が悪い」と、差別糾弾闘争に転嫁しています。
 宮部龍彦は、ストーカー行為をくりかえし、ニセの「差別告発」の手紙まででっち上げた、卑劣極まるK係長を、糾弾すべきではなかったと言いたいのか?。
 では、改めてこの点を再質問します。
 2018年8月、茨城県古河市役所の当時現職のK係長が、ストーカー行為で逮捕される事件がおきました。K係長は、相手の女性に対する嫌がらせの一環として、差別を告発するという匿名の手紙を、地元の運動団体に出しました。その内容は、この女性は家族ぐるみで部落差別をしている、とでっち上げた卑劣極まるものです。そこには、女性の住む町にある実際の部落の地名や苗字が書かれていました。
 K係長は、この部落の地名や苗字を、どのようにして知ったのか。K係長は「同和地区Wikiで知りました。サイトを見て正直、驚きました。このようなデータが簡単に閲覧できてしまったからです」と、はっきり認めています。
 「同和地区Wiki」は、このように実際の差別事件に使われています。宮部龍彦が言うような「差別に使われることはない」というのは、現実に「同和地区Wiki」を使って発生した差別事件と、その事実関係によって、完膚なきまでに粉砕されています。宮部龍彦は「同和地区Wiki」の二次被害を否定したいがために、「むしろ運動団体の糾弾が悪い」と詭弁を弄して、ひっくりかえしを図っているにすぎません。
 宮部龍彦は「同和地区Wikiの創設者」として、古河市差別事件のもう一方の主犯でもあります。宮部龍彦が創設し拡散させた「同和地区Wiki」が、K係長の卑劣な差別行為を教唆扇動したのです。古河市差別事件についてのネット上のデマと、茨城県の「部落探訪」を直ちに削除すべきです。宮部龍彦は差別事件の責任と謝罪を求められて当然の立場なのです。「同和地区Wikiはたまたま流れのなかででてきたにすぎない」など、事実にも反する見苦しい責任回避をやめ、自分の置かれた立場と正面から向き合ってはどうなのか?。

5、関係人物一覧について責任を認めるか、評価をあきらかにすること

 (略)


6、「部落地名総鑑」についてすり替えずに評価をあきらかにすること

 (略)


7、「徹底的な暴露」の真の目的は金儲けであることを認めること

 宮部龍彦は、なぜ、こんなことをするのか?。「隠蔽と暴露の不毛な対立は、徹底的な暴露により無意味化され終止符が打たれる」と言って、傲然と開き直り、全面合理化しています。
 宮部龍彦の本質は、ここにあけすけに自認されています。「徹底的な暴露」云々とはよくぞ言ったものです。
 精一杯もったいぶって見せますが、原点は金儲けです。どこからか聞きつけた「部落地名総鑑」にまつわるウラ話に飛びつき、自分もあわよくばぼろ儲けを企んだ。否、うまくネットを活用すれば、「部落地名総鑑」の場合以上に、濡れ手に粟の商売になるかもしれない。ネットでの販売予告といい、仮処分でそれが禁止されたとたんヤフーオークションにかけたことといい、明らかにこれが、宮部龍彦の動機であり、原点です。
 「部落地名総鑑」の屍肉をあさるハイエナ、それが宮部龍彦の正体です。「徹底的な暴露」云々は、この正体をごまかすための方便に過ぎません。宮部龍彦は、この指摘に反論があるなら、反論してみてはどうだろうか?
 ヒットラーが「ウソも百遍つけば真実になる」と言ったことは有名ですが、「徹底的な暴露」云々はその猿真似です。一度や二度の「部落地名総鑑」ではたいしたものではないが、無限に晒し者にすれば、誰もどうすることもできないとでも言いたいのでしょう。実際に、ネット上で、それを実行しているわけですから、その罪は刑万死に値します。ぼろ儲けのあてが外れ、その開き直りの中で、宮部龍彦はヒットラーの末裔、ミニナチスの差別主義者に変貌したのです。

8、部落差別はなくなったというのか

 前回の質問に答えられないようなので、設問を変えよう。宮部龍彦は、明治維新・明治4年の解放令をどう評価するのか?。それで部落差別は無くなった、と思うのか?。いかに、詭弁家の宮部龍彦でも、これには答えられるはずだ。答えてもらおう。
 以上、再質問する。
 示現舎・宮部龍彦は、9月末日までに回答することを要求する。

2021年9月1日
 部落解放同盟全国連合会


2021年08月の記事

東京高裁は下山鑑定人の尋問

       ー事実調べを行なえ!



第2次狭山意見広告の実現へ

     ラストスパートを!

10月狭山意見広告実現へ

 第3次狭山再審請求をめぐる情勢は、いよいよ事実調べ(鑑定人尋問)を行うかどうかのギリギリの局面に入った。
 狭山第2次意見広告運動はこの局面において、裁判所に事実調べ=鑑定人尋問を迫るものとしてこの10月、全国紙への掲載を目指して展開されてきた。
 まさに再審請求の山場ともいうべきこの情勢に、第2次意見広告は裁判所に事実調べを迫る大きな力となるに違いない。 
 意見広告に必要な賛同金は今現在、90パーセントを達成し、9月末の完全達成を実現すべく全国で運動が続けられている。学習会や狭山映画の上映会、地域での取り組みや街頭での宣伝。あらゆる場を意見広告実現のための場として、ラストスパート、エンジン全開で闘おう。



新たな体制のもと、

      5ヶ年決戦完遂へ



7・25全国連第30回大会開く 


 
部落解放同盟全国連合会第30回全国大会を7月25日、大阪・大東市立市民会館で行いました。コロナ禍での様々な制約があるなか、必要な対策をとり全国からの代表参加と一部リモートでの参加のもと2年ぶりに大会を成功させました。
 この2年間、私たちは瀬川博委員長、中田潔書記長、片岡副委員長というまさに全国連の顔というべき3人の指導者を亡くすという大きな試練に立ち向かってきました。大会の冒頭、3人に黙祷を捧げ、意志を引き継ぎ前進することを全体で誓い合いました。 
 村上久義委員長代行は開会宣言で「コロナで人と会うこともままならないが、私たちは地域としっかり結びついていく。狭山闘争、要求闘争を闘い、沖縄はじめ反戦・反核、反差別の闘いと連帯していく。秋の選挙で改憲阻止の議員を送り出そう」と訴えました。
 三里塚反対同盟ほかメッセージが紹介されました。

 楠木吉秀書記長代行が活動報告と2021年度の運動方針の提案を行いました。楠木書記長代行は「自粛ばかりしていない。目の前の現実と向き合い、全国連は絶対に逃げません。部落の人々と問題を共有し、ともに困難に向き合うことから始めます。瀬川委員長、中田書記長がそうであったように、たとえ少数でも全国連は村全体、運動全体を背負って立ち身分的差別を撤廃する」と全国連としての基本を明らかにしました。そして「新たな挑戦の最終年の決戦」として、①狭山第2次意見広告運動をなんとしても成功させよう。今年中に下山鑑定人の尋問を実現する、②コロナ禍であらたな要求闘争に立ち上がる、③衆議院選挙を改憲反対の選挙としてたたかう、との3つの大きな課題を提案しました。楠木書記長代行はさらに、「示現舎・宮部に対し、全同盟員からショート質問状を募集し徹底糾弾に立つ」と力強く宣言、最後に「沖縄・三里塚、アジア人民と連帯」を誓いました。

 課題別報告のはじめに、井橋昌夫中執が狭山闘争を報告。井橋中執は「第3次再審闘争では191点の証拠開示を実現、弁護団は241点の新証拠を出している。私たちは下山鑑定という決定的な証拠を手に入れた。検察のデタラメな意見書を許さず、鑑定人尋問をかちとろう。10月意見広告の実現へ奮闘しよう。各地で草の根の活動に取り組み、10・31狭山中央闘争に結集しよう」と訴えました。

 青年の組織化について北浦裕樹久青年対策部長が「地元のムラの同世代を合言葉に、まずは共有共感が出発点。ビラやSNSで自分のやりたいこと、できることを地元の同世代に投げかけていこう」と青年たちに呼びかけました。

 要求闘争と災害対策について、高見沢浩一中執が長野での「台風19号災害復興要求者組合」の取り組みを報告し自分たちの議員を送り出してたたかう方針を明らかにしました。

 規約の改正案と役員人事案、会計についての報告と予算案のあと、全体討論が行われました。また、「共に8・6ヒロシマへ」「全国の婦人は団結して要求闘争を実現する」「命を守れ、暮らしを守れ」の3本の決議案が読み上げられました。

 全ての議案は一括採択され、全国連は村上委員長、楠木書記長を先頭とする新たな指導体制のもと「新たな挑戦―5ヵ年決戦」を完遂するたたかいへと踏み出しました。

2021年07月の記事

狭山要請行動の報告

◎期日  2021年7月12日(月)
◎参加者 5名~検察がコロナを理由に人数制限

1,東京高裁(11:00~)

○当日の朝、東京高裁刑事部の職員がコロナに感染したということで延期の電話が入ったが、要請書を受け取れと要求し、短時間の要請行動をすることができた。

○対応は、御厨(みくりや。訟廷管理官の上司の次席書記官)、山崎、西田。

○要請書を各自読み上げて提出した。

2,東京高検(13:15~)

○対応は、田澤検事、事務官2名

(要請団)①証拠開示をすること、②昨年の検察意見書で水洗いを出してきたが、なぜ科学的な反論を出さなかったのか。水洗いを裏付ける実験をやったのか。

(検事)①まず証拠開示については、弁護団からスコップの土壌に関する開示要請が出されていたが、すでに4月に「不見当」という回答を出している。あれば開示するが、なかった。
②万年筆のインクについて、今年6月30日に2度目の検察意見書を出した。水洗いについては、昨年5月に前任の検事が特に実験はやらないで意見書を出したが、今回も必要がないと判断して前回の意見書をふまえて、実験はしないで出した。万年筆の同一性については、他の証拠も含めて証明されている。万年筆の発見は「秘密の暴露」に当たるし、発見経過に関する反論も含めて、かなりの分量を書いた。

(要請団)水洗いでインクがなくなるなどは空論だ。我々も実際に実験してみたが、インクはなくならなかった。水洗いを主張するなら裏付けの実験を行え。それでインクがなくならなかったら水洗いを撤回すべきだ。

(検事)要請は承っておく。現時点では、実験は必要ないと思っている。万年筆の同一性は充分に証明されている。

(要請団)反論の鑑定を出すといって2年間も引き延ばしてきた。下山鑑定に対して、科学的に反論すべきだ。

(検事)私は前任者から今年の1月に正式に引き継いだが、昨年の12月頃から狭山の資料は読み込んできた。前回の4月の要請行動の後も読み込んで、下山鑑定や福江鑑定をはじめ、ほぼすべての鑑定や資料を読み終えて、頭に入れた。事件の全体の構成や各証拠の関連性なども分かっている。
 インクについては、昨年の12月に弁護団から出された意見書に対して6月に新たな反論の意見書を出したが、ここでも水洗いについては前提としてその主張を維持している。

(要請団)これまでのインク補充説は間違いだったと認めるのか。

(検事)補充の可能性と、水洗いによるクロムの不検出は、両方の可能性がある。昨年5月の意見書も、矛盾しないという内容だ。

(要請団)あなたは万年筆を使ったことがあるか。水洗いして別のインクを入れたことがあるか。

(検事)使ったことはあるが、入れ替えたことはない。

(要請団)私はある。水洗いし、一晩中、水に浸けていてもインクはなくならなかった。ペン先の溝にこびりついたインクは、それくらいではなくならない。まして学校で下校までの間の水洗いでなくなるというのは、頭の中だけの空想、机上の空論だ。
 現在のように、検察意見書に反論する弁護団意見書に、また検察が再反論の意見書を出すというのはめずらしいのではないか。

(検察)私は今までほぼすべての弁護団の意見を読んで、頭に入っている。これは(検事としても)めずらしい。事件の構図は分かっているので、科警研の鑑定も含めて、1月に死因(殺害方法)、3月に筆跡、6月に万年筆インクなど、必要で検討が終わったものについて出させてもらった。今後も、たとえば昨年12月に弁護団から流王報告書(死体運搬)が出されているので、必要があれば書くつもりだ。他の証拠についても、必要があれば再反論を出していく。

(要請団)インク問題も、6月の検察意見書に対してこれから弁護団が再反論を出したら、また再々反論を出すこともあるのか。

(検察)可能性はある。

(要請団)各証拠の個別のやりとりの後に、最終意見書を出すということになるのか。

(検事)そうだ。最終意見書を出すことは法的にも決まっているし、これまでの三者協議でも検察が最終意見書を出すことになっている。
 
(要請団)万年筆専門店にも聞いたが、水洗いで、完全にインクを洗い流すことはムリだと言っている。水洗いを主張するなら実験をやること、そうでないなら、空想の水洗いは撤回することを要求する。                                             以上



全国連第30回全国大会開かれる!

     2021年7月25日(日) 大東市立市民会館にて

第2次狭山意見広告実現へラストスパート!

基調報告                新書記長 楠木 吉秀

 コロナ禍のなか、全国からご苦労様です。基調報告の冒頭に、私たちは一昨年12月に瀬川委員長、昨年9月に中田書記長、この19日には片岡副委員長を亡くしました。改めて、哀悼の意を表します。
 これは全国連創立いらい、もっとも大きな出来事のひとつです。全国連にとって、失ったものはとても大きい。
 しかし、私たちは、遺された者の使命として、力を合わせ、運動を続けなければならなりません。瀬川さんも中田さんも片岡さんも、全国連の運動のなかで生き続けます。たとえば狭山意見広告運動のなかに、日常活動のなかにも、よみがえり、生き続けます。我々ひとりひとりと全国連は、みんなそういう関係で存在しています。
 とりわけ、三人は死の瞬間まで、委員長、書記長、副委員長でした。最後の最後まで、全国連でした。三人の示した道に立ち返り、我々みんなの手本にしましょう。
 新型コロナウイルスが発生し、世界中に感染が拡大しています。 全国連にとっても、確かに甚大な影響を受けています。会議や集会においても、デモや街宣や交渉においても、また個別訪問においても、大きな制約を受けてきました。これが長期におよぶ場合、自粛ばかりでは大衆運動は衰退してしまいます。
 ピンチはチャンス。いまや、本気でそう考え、知恵をしぼり、団結してコロナ禍をチャンスに転化する時が来ました。
 感染対策はしっかりやりつつ、創意工夫をして、集まり、会議・集会・デモ・オルグをやりきろう。核になる集まりがまずあって、それを命がけで貫徹して、それを囲む形でどうしても集まれない人はリモートで参加しましょう。
 まず、がんばって集まろう。それにプラスして、リモート参加で拡大しましょう。

部落解放運動をとりまく情勢

 「アメリカファースト」のトランプにかわって、バイデンはどんな政治をやろうとしているのか。バイデンは就任早々、全世界をまきこんだ「新冷戦」とも言われる、中国封じ込めを強行しています。
 「自由で開かれたインド太平洋」とは、具体的な中国包囲網の形成です。日米にオーストラリア、インドを加えた4カ国による中国包囲体制をスタートした。さらにイギリス、フランスなどを組み入れようとしている。このようにアメリカ・バイデン政権は、世界戦争の火付け役になろうとしています。
 他方、アメリカでは、反黒人差別の運動が広がっています。昨年5月、黒人のジョージ・フロイド氏が、白人の警官に殺害されました。目撃者がスマホで撮影した動画で、警官が9分もの間、フロイド氏の首を圧迫していたことを証明しました。その動画は、またたく間に、全米に広がる運動のきっかけになりました。 
 菅政権は、そういうアメリカと組んで、戦争をする国づくりにやっきになっています。
 4月16日には、日米首脳会談が行われ、共同声明が発表された。「日米同盟を新たにする。日本は自らの防衛力強化を決意した」とうたっています。
 日米同盟は中国包囲網の中心にすえられジャンプした新たな軍事同盟として世界に宣言された。
 オリンピックが始まりました。そのなかでも、忘れてはいけないのは、憲法改悪のことです。オリンピックの後には、衆議院選挙があります。菅政権はオリンピックを精一杯利用して、選挙・改憲への上げ潮を期待しています。そんな輩の都合のために、国民が感染爆発にさらされてもいいのか。このオリンピックは中止すべきです。

今、部落の置かれた状態

 今、私たちの住む部落は、どんな状態に置かれているのでしょうか。都市部、農村部を問わず、住民の高齢化率がますます高くなっています。しかも、お年寄りの一人暮らしが非常に多い。
 では、若者はどうか。一方では、働き口を求めてムラから出ていかざるを得ません。これに応能応益による、労働者層の追い出しが拍車をかけます。
 他方、最終学歴が中卒という若者が10%になり、一般平均の2倍になっています。またムラの青年の3人に2人が非正規雇用で、一般平均の1・5倍から2倍になっています。完全失業率は、全国平均の3倍にものぼっています。こうしたなかで、ムラのなかにほとんど青年がいなくなるか、居ても、非正規と低賃金に置かれムラには寝に帰るだけか、失業中という実態です。
 これらは、ムラの生活水準に、深刻な影響を与えます。年収200万円以下が半数にのぼっています。加えて、都市部では一般の貧困層が、ムラに流入しています。
 一言で言えば、高齢化と貧困がますますムラを覆っています。
 その原因はどこにあるのでしょう。アベノミクスや、働き方改革は、一握りの大資本家だけを肥え太らせ、「中間層」をどんどん分解し貧困に追いやります。アメリカを筆頭に、世界中で新自由主義による、貧困の増大が恐ろしいことになっています。それが、最底辺の部落にしわ寄せを集中する、この点が、真の原因なのです。安倍や菅の政治が、今のムラの現実をつくり出しているのです。
 このような困難にあっても、ムラのお年寄りや青年は、決して単に救済の対象ではありません。今の目の前のムラの実態は、支配階級がつくり出した差別の再生産そのものです。そして、現に住むムラの人々は、差別と向きあう自己解放の主人公です。全国連は、その人々の手先として、共に泣き共に笑い、共に悪戦苦闘しながら、旗を振り、悪政を打ち負かし、解放へと導かなくてはなりません。

部落差別の実態

では、部落差別はどうでしょうか。
 昨年11月、茨城県五霞町の介護施設で、一般地区の通所者が、部落の地名をあげて差別発言しました。被害者は86歳。翌朝早く、支部長宅を訪ね、「この年になって差別を受けるとは思わなかった。悔しくて、悔しくて」と涙ながらに訴えました。
 支部長はさっそく介護施設と社協に行って事情を聞きました。相手が80歳を超えることから、本人への働きかけは行わず、施設や社協の職員が学習を進め、全国連の研修会にも参加することを確認しました。被害者にもこれを報告し、被害者は通所を再開しました。
 部落の若者の間でも、5人に1人は、差別体験があると言われています。茨城のように居住をめぐって、また結婚や就職をめぐって、部落差別は根強く残っています。
 もっとも悪質なのは、ネットでの差別事件です。ここでは、日々、差別が溢れかえっています。示現舎・宮部、三品による新たな「地名総鑑」事件、その開き直りの数々は、まさに確信犯による差別事件の最たるものです。
 アメリカの学会誌に、極悪の差別論文が載せられていることが発覚しました。筆者は、大学教授、マーク・ラムザイヤーです。
 その要旨は「部落の解放組織を立ち上げた1922年に始まり、2,3年も経たないうちに、暴力的な糾弾と多額の金銭要求を組み合わせた、恐ろしい恐喝マシーンに変貌した」というものです。狭山事件についても「石川は、少女を強姦殺害したギャングの一部であったことは疑いの余地はない」と、暴言をならべています。
 一から十まで、部落にたいする偏見に満ち満ちたものであり、およそ学術論文とは縁もゆかりもない代物です。私たちは、このような科学とは無縁な差別論文が、平然と学会誌に掲載されることを問題にし、糾弾しなければなりません。宮部と同類の確信犯が、のうのうと学者面をして存在することを許せません。
 以上のように、これでも「差別は無くなりつつある」と誰が言えるでしょう。差別のあらわれ方は、多少、昔とは違うかもしれません。しかし、だからと言って、差別は無くなりつつあるのではなく、むしろ自分の姿を隠したり、宮部のように「部落民」を詐称したり、ラムザイヤーのように学者を装って言いたい放題と、陰湿で挑戦的になっています。

どんな解放運動をするのか 目の前の現実と向き合う

 では、どんな運動をすればよいのでしょうか
 まずこのような厳しい現実に対して、どういう態度をとるのかということです。解放同盟本部派では、どうでしょうか。何ひとつ真剣に見ようとしない、困った人がいてもお手上げ、見捨てて逃げてしまう。
 全国連は逃げません。まず、問題を共有し、相手とともに困難に向き合うことから始めます。住宅、医療、介護、福祉、労働、教育、災害、差別事件、コロナ・・・あらゆる問題で、困難と向き合い、相手とよく相談し、共に解決の道をさがします。絶望的な問題でも、一歩前に進む道をさがします。「法のない時代」、そうした一見徒労とも思えるような格闘なしには、展望は開けません。
 こうしたムラと向き合い、七転八倒する、この苦闘を抜きには、「法なき」時代の部落解放運動は、そもそも成立しません。
少数でも運動全体の利害を代表
 次に、どんなに少数でも、全国連はムラ全体、運動全体をしょって立つということです。
 ムラのお年寄りや青年、婦人は、どんな困難にあっても、解放の主人公です。自己解放闘争の主体になりうる存在です。
 故瀬川委員長や中田書記長は、そうした人々を見事に代表する、大衆的解放運動のリーダーでした。
 これにたいして、解放同盟本部派は、朝田理論いらい、「部落が差別されるのは、スラムのような生活だから」「市民的権利を行政的に不完全にしか保証されていないから」としてきました。だから、部落の生活改善が一定進めば、当然のように部落差別は薄められ、解消していくということになります。「日本が近代的に発展していけば、部落差別も無くなっていく」という、日本共産党に典型的な解消論のなかに、大きくは解同本部派も属しています。
 劣悪な生活実態も、市民的権利の剥奪も、確かに部落差別の重要な要素には違いありません。しかし、それはあくまで部落差別の一部にほかなりません。
 およそありとあらゆる、部落民が受ける身分的差別のあらわれこそが、部落差別なのです。市民的権利の剥奪だけでもない。就職の危機均等の剥奪だけでもない。生活苦・貧困の問題だけでもない。おくれた封建的意識や観念、因習の問題だけでもない。それらを含む、政治、経済、イデオロギーなどの全社会場面において、部落民が受ける、身分を理由とした全人格的な抑圧こそが部落差別なのです。
 ですから、こんにちの部落の現実は、差別の解消とは考えません。身分的差別が根深く現存していると考えます。生活、就職、結婚、どの場面においてもそうです。そこに立っているからこそ、全国連はムラと向き合い、大衆の気分を共有できるのです。
 ですからまた、全国連は、身分的差別を撤廃する、部落解放運動の利害全体を体現しています。もはやそのことを体現・代表するものは、他にはいません。部落解放運動とは、身分的差別のあらゆる表れとたたかい、身分的差別を無くしていく部落民の自己解放闘争です。全国連は、その闘争全体をしょって立ちます。

<新たな挑戦>を完遂しよう

 こうした、言わば当たり前の解放運動をしよう、そこに原点回帰したのが、10年前、第21回大会いらいの<新たな挑戦>でした。それは、処分闘争いらいの「左翼少数派」「解同批判勢力」のあり方からジャンプする<新たな挑戦>でした。また「法なき時代」、解同本部派の著しい衰退、部落大衆の潮が引くような運動離れにあって、私たちの立ち位置を変え、いかに少数でも、「300万の部落解放運動」になるという<新たな挑戦>でした。
 それから、はや10年を迎えます。10年の間に、全国連は、狭山、災害対策、沖縄連帯など、必死で前を向いてきました。この10年には、瀬川さん、中田さん、石川辰衛さん、片岡さん、金平さん、高橋さんをはじめ、多くの仲間を失いました。私たちは、その試練をくぐり、仲間の遺志を引き継いで次に向かっています。<新たな挑戦>を忘れず、その完遂を目指して、頑張りましょう。

2021年度の課題・獲得目標

 では、それを実現するために、2021年度はどんな課題・獲得目標をもって、たたかうのでしょうか。
 その基準として、私たちは、4年前の第26回大会において、<新たな挑戦>を具体化する、3つの方針を確立しました。
・第3次狭山再審で必勝し、差別糾弾闘争を復権する
・住宅家賃闘争を超える生活要求闘争の再構築
・沖縄連帯・改憲阻止    この3つです。
 しかも、この3つを5年間のうちに実際に達成する、5ヶ年決戦として臨むことを決断しました。
 そして、狭山闘争では、とりわけ意見広告運動の成功として、本部派をも揺るがし、事実調べへの路をこじ開けました。
 住宅、医療・介護・福祉、労働をめぐって、新たな団結を模索してきました。とりわけ、災害対策で可能性を切り開きつつあります。
 青年部のはじめた沖縄行動を、全国連全体のとりくみにし、選挙闘争では大胆で踏み込んだかかわりを始めました。
 長い目で見た時、私たちは、着実に進んできました。今年は、5ヶ年決戦の5年目、最終年度です。コロナ禍だからと、泣き言はやめましょう。5ヶ年決戦の決着をつける。それに相応しい獅子奮迅のとりくみ。この戦闘精神で構えようではありませんか。

下山鑑定人尋問を実現しよう

 その第1は、第二次狭山意見広告運動を何としても成功させ、下山鑑定人の尋問を実現する、このことです。全国連は言ったことはやる。大マジで事実調べを切り開きます。
 逆に言えば、その本気さがなければ、そもそも、第二次意見広告運動などとりくみません。およそ、全国連の年間会計に匹敵する資金が必要なことを、無謀にも、一度ならず二度までも、私たちは決断しました。決断までには、七転八倒、悶絶の苦しみでした。
 ここには、全国連の命運かけた、狭山勝利への執念があります。その本気さは、一回の線香花火よりも、2回目の大輪の花によってこそ、開示されます。
 すべての同盟員の皆さん!共にたたかう仲間の皆さん!狭山闘争の行方を決めるのは、この全国連の本気さ、皆さんの本気さ、これではないでしょうか。裁判官でも検事でも弁護士でもない、「このためなら、石川一雄さんと共に死んでもかまわない」という決死の覚悟の、私たち一人一人ではないでしょうか。
 下山鑑定人尋問の実現なしには、他の事実調べは開けません。
 詳しくは、後の方針論に譲りますが、検察意見書は、この土俵からの逃げであり、科学的論証や社会的常識とのやり合いから逃げて、推論という権力の意志で片をつけてしまおうという魂胆です。
 このすり替えを絶対に許しません。それを許さない力をどうやってつくり出すのか。それは、意見広告にこめた圧倒的正義の声であり、要請行動・中央闘争や草の根運動に示す熱意・迫力です。検察意見書は意見広告で粉砕します。要請行動で粉砕します。それらの発信力で、世界を揺るがし、粉砕します。
 賛同金は、現時点で目標の9割をこえました。全国各地で蜂起し、日々増えています。9月末までこの蜂起戦をやりぬき、皆の総力で目標を達成し、10月掲載を実現しましょう。さらに、10・31中央闘争-11・1要請行動で、事実調べの扉を押し開けましょう。

コロナ禍を新たな要求闘争に

 第2に、要求闘争の領域では、どうでしょうか。
 同和住宅の家賃値上げ・応能応益制の導入にたいしては、同住連を結成し、全国一律の反対運動にとりくみました。その意義はこんにちもなお、色あせるものではありません。
 これから、コロナ対策のとりくみが大きな課題になります。茨城の米買い付け業者は、この秋に存続問題になります。ほかでも、飲食業をはじめ、感染の拡大につれて、同様の困難に直面することでしょう。労働者の収入減や雇止めも、恐るべきことになります。
 これにたいして対応力を持たなければ、たちまち大衆から見捨てられるかもしれません。
 その時、自分だけで抱え込まずに、全国組織としての情報発信がまず必要です。すぐ解決の方法が見つからなくても、情報発信・経験交流のなかから、何か良い知恵が出てくるはずです。ケースによっては、一人一人への個別対応に止まらず、同じ境遇の人々が集まり、そこで喧々諤々の論議をして、「一度、皆で役所や県に交渉に行こう」「そのためには世話役を選び、組合をつくろう」となるかもしれません。あるいは、「ここだけが困っているわけではない。○○屋も困っている。○○屋にも一度相談してみよう」と共同闘争の輪を広げる必要がでてくるかもしれません。
 感染が拡大し、大きな社会問題・政治問題になるにつれ、「保障しろ」「仕事よこせ」「生きさせろ」の要求闘争の芽が育ってくるはずです。コロナ禍は、災い転じて、法以降の解体一方だったムラの団結を、まったく新たな形で取り戻していく契機となるのです。
 長野の、災害復興のとりくみは、突然の台風災害にたいする「二度と壊れない堤防をつくれ」のせっぱつまった要求から、部落を超えた地域一帯の要求闘争、共同闘争に発展しようとしています。それは、長野だけの例外ではありません。まもなく、全国で必要になってきます。大いに夢の翼を広げて、次に進んでいきましょう。 

衆議院選挙の一大インパクトに

 秋の衆議院選挙は、いよいよ憲法の改悪が焦点になります。自民党は「改憲4項目」を掲げ、憲法9条への自衛隊明記、緊急事態法創設をうたっています。
 自衛隊明記とは、帝国軍隊の復活のことであり、緊急事態法創設とは災害対策を口実にした戒厳令の復活のことです。自民党の思う通りの改憲を許せば、まさにいつか来た道です。戦争国家への突進であり、国家優先で人権抑圧がまかり通る社会への突進です。
 全国連は、改憲に反対する候補・党を支持し、自らの選挙としてとりくみます。支部のビラで、支持する候補を公表します。ムラの内外に、投票を呼びかけます。電話かけをします。場合によっては、支持候補の事務所を訪問し、可能な限りで選挙運動に協力します。支持候補を呼んで、演説会も開きます。期日前投票や投票日の働きかけも組織します。
 一歩も二歩も前に出て、自分の候補として当選をかちとります。この選挙のたたかい方を通して、各地の改憲反対の陣形にかみこみ、その一角に加わります。このように、音のする選挙闘争にとりくみ、国民投票への予行演習をします。
 日本共産党や解同本部派との関係など、戸惑うこともあるでしょうが、そこで足踏みしている場合ではありません。彼らがどう思おうと、全国連は何のてらいも無く、改憲反対の選挙を堂々とたたかいます。これを2021年度の大きな課題の3つ目とします。

示現舎を糾弾・一掃しよう

 示現舎への再質問の原案はつくりました。これをたたき台に、「ショート質問状」を皆さんから募集します。
 本部が長い文書でやりあうだけではなく、大勢の参戦が必要です。宮部にたいして、「自分ならここが聞きたい」の一言でいい、本部に集中してほしい。本部でとりまとめて、質問状を完成します。
 9月27日、本部派がおこした裁判の判決があります。判決で宮部が変わることはありえません。私たちの手で、徹底糾弾・追放しましょう。
組織建設についてふれます
 荒本支部は、昨年8・30に支部大会をおこない、今年は8・29に予定しています。
 茨城県連も、昨年7・5に、今年は7・4に、定期大会を行った。
 コロナ禍でお休みしたところも、今年は断固やりましょう。最近やってないところも、全支部でやりましょう。
 三大闘争をただやれば、自然に組織ができるわけではない。やはり、支部大会を節目に、例会、新聞、会費集めを毎月きちんと継続していくことで組織は組織として成立します。
 逆にいえば、支部大会のできる月例活動が肝心です。また、婦人、青年は、支部の宝です。支部が責任もって、交流会や茶話会からでもけっこう、集まる場をつくっていきましょう。
 本部建設について、去年は暫定措置をとりましたが、この30回大会では、正式な役員人事をおこないます。瀬川さん中田さんをひきつぎ、次世代に橋渡しとなるような新体制を確立しましょう。
 次に、新聞編集体制の確立です。スタッフは、何とか3名で再スタートしました。たってのお願いです。各地に通信員を1人、取材、原稿・写真の作成を特別に位置付けして、任命してください。
 本部会計は、皆さんの協力で、大会を無事迎えることができました。人件費の大幅削減によって、会費等がとどこうりなく集中されれば、ギリギリで運営できます。月づきの実行を心から切にお願いします。
 最後に、沖縄、三里塚と連帯し、たたかう在日朝鮮・アジアの人々との連帯を誓って、終わります。