5月狭山全国統一行動(続報)

(2015年07月10日)

  奈良
のぼり旗と署名板で街宣活動 JR奈良駅東口広場
    石川一雄さんが不当逮捕されて52年目。JR奈良駅東口広場において「狭山23デー」として街頭宣伝・署名活動を奈良の仲間で行いました。 一人ひとりが「のぼり旗」と「署名板」を持ちハンドマイクで JR奈良駅玄関口で23デー(2015年5月23日) の街頭宣伝を交代しながら10時から12時までやりきりました。今回はこれまでになく、積極的に街宣隊に近寄り、署名をする市民がたくさんいました。 「私は、狭山事件の起こった近くに住んでいました。」と話してくれた東京から来た婦人。「こんな冤罪は許せない。部落差別をする人にどう立ち向かったらいいのか。」とはなされた奈良市民の男性。すぐに狭山闘争ニ ュースを手渡し、「ここに連絡してください」と説明する。
    ヨーロッパに住む外国人のカップルは、拙い英語を駆使して説明したら「その新聞を売ってください」と50円で「狭山闘争ニュース」を買ってくれた。「この新聞を買ってくれたのは嬉しいが、読めるのだろうか」と心配する。1時間近くも街宣隊に話しかける奈良市の婦人がいた。「石川さんは、刑事に恫喝されたりして精神的にも肉体的にもボロボロにされたと思う。自分も精神的に追い詰められ病気になった」と話し込む看護師の女性。
    同和住宅から追い出された西之阪のきょうだいも転居先から両親に会いに来た途中に街宣隊のきょうだいを見つけて、「元気にしてる?頑張ってね。また、連絡するわー」と久々の合流。
    親子で外出して、たまたま街宣隊と出会い、「中学校の時、狭山集団登校に参加してたよ。署名するわ。お母さんも署名しいや」とバスが来たのに「次のバスに乗るから」と署名をしてくれた親子。署名をしてポンと千円のカンパをくれた大阪の婦人で部落のきょうだいでした。
    本当にいろいろな人達と出会い、合流できた「狭山23デー」でした。30名を超える署名とカンパもあり本当に街宣行動の重要性を再確認しました。本当に有意義な時間でした。今後も定期的な「23 デー」をやろうと全員で意思一致をしました。これからも頑張るぞー。
大阪
京橋駅、合同で街宣活動 狭山の日常的な取り組みを痛感
   
大阪では、5月24日(日)、京橋駅での街宣が荒本、野崎、北摂、西郡の各支部16名が集まって取り組まれました。かわるがわるマイクを持ってアピールしました。
マイクの訴えに署名机で(2015年5月24日)     率直な感想でいうと、いつもの街宣行動よりもビラの受け取りはもうひとつだなと感じはしました。ですが、まだまだ多くの方が狭山事件に関心を持っているのだなとあらためて実感できる、今までの街宣の中でも中身の濃いものになりました。
    ビラを受け取り、署名まではできないものの、「頑張ってください」と声をかけてくれる人。親子で署名してくださった方では、かつてお母さんが狭山事件をめぐる活動をされていたみたいで、娘さんに説明し、署名を一緒にしてくださいました。大学で今、まさに部落差別問題の講義を受けていて関心があり、署名してくださった学生のお兄さんや「今、狭山はどうなってるのか?」と30分位腰かけて話し込んでくださったおじいさん。狭山事件を知っている方にはこんなに関心があるのに、ビラの受け取り状況からみて狭山事件の事を知らない人達が多くなってきているのも事実であり、私たちの日常的な狭山に関する活動がまだまだ全然足りていないという事を併せて痛感させられました。 今回街宣では署名62筆、カンパ8466円集まり、カンパは狭山闘争基金へ、署名は 列をなして署名に協力していただきました(2015年5月15日) 次回要請行動できっちり手渡したいと思います。この署名、カンパや何よりも石川さんの無実を晴らすためにも、もっと日常的に狭山の活動を取り組んで行こうと思います。
兵庫
市民の会・こうべ 第3回座り込み行動 沖縄闘争とも合流
    5月17日、狭山再審を求める市民の会・こうべの第3回座り込み行動に参加しました。
    朝10時からJR神戸駅前にテントを張り、マイクアピールやビラで署名を呼び掛け、通りかかった多くの皆さんに応じていただきました。
    テントの中では、初参加の仲間の話を聞いたり、番町の仲間が差し入れてくれたおにぎりを頬張り、ギターの伴奏で差別裁判打ち砕こうやウイシャルオーバーカムを歌ったりしながら過ごしました。
    この日は沖縄での辺野古新基地反対の県民大会とあわせて、神戸でも同時デモが取り組まれ、座り込みに参加した多くの仲間がデモに参加。
    そして、デモの解散地はテントの張られたJR神戸駅前。デモ隊を迎えた市民の会・こうべのよびかけ人で神戸市議の粟原富夫さんが「沖縄差別、部落差別を許さず共に闘いぬこう」と挨拶。
    デモを終えた皆さんがテントに列をなして狭山署名をしてくださいました。おかげで署名は100筆で満筆。高裁宛要請葉書も完売になりました。
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