「虚偽自白はこうしてつくられる」を読む

(2015年03月17日)

  狭山事件・取り調べ録音テープの鑑定 「虚偽自白はこうしてつくられる」 浜田寿美男著 現代人文社
 浜田寿美男著 現代人文社
《寺尾判決と自白》   
    1974年10月31日、東京高裁・寺尾裁判長は石川一雄さんに対する無期懲役判決を下した。その政治的意図や寺尾個人の心情は別にして、有罪判決が拠り所にしようとしたものは何か。それは警察権力によって半ば強制され、半ば捏造された「自白」である。
例えば、万年筆、カバン、時計が三大物証とされる。しかし、それらに石川さんの指紋はない。被害者の指紋すらない。本当に被害者のものなのかどうかも客観的根拠は何一つない。あえて言えば「石川さんの自白にもとづいて発見された」というのがそれらの「証拠価値」である。
    だが、もし、石川さんの「自白」が捏造されたものだったとしたらどうだろうか。有罪判決はその土台から崩壊することになる。
    寺尾判決の核心は「自白」である。「自白」こそ、今やぐらぐらに傾いた確定判決の重みを一身に支えている根拠なのだ。本書は、その根拠を突き崩す決定的な一打である。
    本書は、2010年5月に証拠開示された狭山事件の取り調べ録音テープの一部の浜田寿美男氏(奈良女子大名誉教授/法と心理学会会長)による鑑定である。
《自白と供述調書》   
    本書が明らかにしていることの第一は、寺尾裁判長が、いや、我々も含めた支援者らさえもが囚われてきた錯誤についてである。我々が石川さんの自白と呼んできたものは、石川さんの自白ではない。我々が「自白」と呼んできたものは警察によって捏造された供述調書だったのである。本書で引用されている「テープ起こし」を読むと、「石川さんが取り調べで語ったこと」と「警察が作りあげた供述調書」とがどれだけかけ離 取り調べ中の石川さん。手錠をかけられたまま3人の刑事にとり囲まれ自白をせまられた。 れたものであったかがわかる。それでも恐ろしいことに調書に署名・捺印してしまえば、あたかも本人が語ったかのごとく有罪の証拠として受け止められてしまうのだ。
《自白的関係》   
    第二に本書が明らかにしていることは、タイトル通りに「虚偽自白がどうしてつくられるのか」という点である。それは強制であり、脅迫である。100%と言っていいほど誘導されたものである。だが、それだけではない。虚偽自白は、取調室の密室の中で「取調官と被疑者が犯行ストーリーを一緒に考える」とい う独特な関係の中でつくられるのである。
    それを浜田氏は「自白的関係」と呼んでいる。
    例えば、狭山事件の被害者の死体には足首に縄が巻かれていた。縄には風呂敷の切れ端が結んであった。そして、発見現場の近くの芋穴から、風呂敷の切れ端が発見された。この事実から「石川さんは縄の一方の端を死体に結び、他方の端を切り株に結んで芋穴に吊した後、それを引き上げて近くの農道に埋めた」というストーリーが生まれたのである。
    この「縄」のストーリーが成立するためには、石川さんは芋穴に吊す前に「後で引き上げて農道に埋めよう」と考える必要がある。ところが、取り調べ(の録音テープ)では、取調官が何度尋ねても、石川さんは「死体を引き上げて農道に埋めようと思ったのは、芋穴に吊してから後、脅迫状を届けに行く間」だと答えているのである。しびれを切らした警察はついにこのように言う。「率直に言えばだな、もう、またこれ持ち出して埋めようとか何とかそういうことを考えていたためじゃないかっていうことなんだ」。
    石川さんは「そうだよね」と答え、警察は「じゃあないと、理屈が合わないからな」と応じる。そんなふうなやりとりがあたかも石川さんが記憶にもとづいて事実を語ったかのような供述調書にまとめあげられていくのである。
    以上のように、狭山事件における自白は二重の意味で捏造されたものである。ひとつは「自白的関係」が成立した上での警察の誘導によるものであるという意味で。もうひとつは、石川さんの語ったことと供述調書がかけ離れたものであるという意味で。
《取り調べ録音テープの鑑定を》    
    本書が明らかにしていることは第三に、こうした「自白的関係」を成立させるものは何かということである。一言で言えば、それは孤立である。誰からも信じてもらえない。誰も信じられない。「よそものが犯人に違いない」と言いなし、部落民を犯人に仕立て上げた部落差別、「お兄さんが犯人だ」と信じ込ませ、家族さえも引き裂いた警察を許すことは出来ない。
    狭山再審闘争の中で、石川さんと我々みんなが孤立を乗り越えてきた。共に闘い、共に生きる連帯を育んできた。この連帯を誰にも奪うことはできない。
    取り調べ録音テープの事実調べをかちとろう。狭山事件における虚偽の自白を打ち砕き、狭山事件の再審をみんなの力で実現しよう。
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