8・6ヒロシマのつどいに参加

(2010年08月13日)

    8・6ヒロシマのつどい 核と戦争のない世の中を民衆の手で

8月6日、広島市文化交流会館(旧厚生年金会館)において、「被爆65周年 8・6ヒロシマのつどい」が開かれ、260人が参加、核兵器と戦争の廃絶へ心を新たにしました。
この「つどい」は、一昨年に、全国連も中心となって呼びかけ、各界から集まった人々が実行委員会をつくって始められたもので、本年で3回目です。反戦、 反核を真につらぬいていくためには、日本の朝鮮、中国をはじめとしたアジアへの侵略という加害責任をあいまいにせず、民族抑圧や差別とのたたかう人々との 共同のたたかいとしなければなりません。また、8・6ヒロシマの原点は、被爆者の告発と自己解放のたたかいにこそあります。この原点をいまいちどしっかり とすえなおすことを共同の確認として取り組まれてきたものです。この取り組みは、回を重ねるごとに、沖縄の人々、毒ガス兵器の製造と使用を告発してたたか う藤本さん(大久野島毒ガス工場の元工員)、日本軍による中国重慶の無差別爆撃にたいする賠償をもとめてたたかう人々など、多くの人々の賛同と共感を呼 び、その陣形が拡大されてきました。
こうした取り組みは、地元広島において、被爆者の方々の新たな結集の場となり、これまで口を閉ざしてきた多くの被爆者が参加、その体験を継承する重要な 取り組みともなってきた。昨年には、福島町の人々が、本年においては被爆詩人として名高い上田由美子さんがみずからの体験と、核兵器への怒りを訴えまし た。「被爆あおぎりのねがいを広める会」からの、NPT再検討会議が行われたニューヨークでの行動の報告も行われました。また、本年の記念講演として、女 優の斉藤とも子さんが、被爆者とのつながりのなかで取り組んできた「胎内被爆、小頭症」患者の問題について問題提起をしました。
さらに、3回目を迎えた本年の取り組みにおいては、ボリビアの弦楽器シャランゴ奏者デイエゴ・ヤスカレービッチさんや、ドイツの若者たちが参加。ヤスカ レービッチさんは、部落解放の歌「母は闘わん」を演奏、ドイツの若者は、実行委員会を担った広島の青年とともに、「着物ファッションショー」を企画、つど いを大きく盛り上げました。
沖縄の辺野古での新基地建設、アメリカ・オバマ大統領のペテン的な「核廃絶」発言、このなかで、民衆の団結とたたかいの力が本当に問われています。灼熱 の太陽が照りつける8月の広島で芽生え、育まれてきた新たな取り組みは、いま、この民衆のたたかいの陣地をつくっていく力強い牽引車となっています。
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