『本部派プロジェクト報告路線批判』

(2009年07月31日)

  『本部派プロジェクト報告路線批判』の再掲にあたって

部落解放同盟・本部派は、部落のきょうだいが受けた差別事件について、全国方針として、どこの都府県連でも例外なく、差別した相手が特定できる場合は、警察に告訴するように指導しています。
しかし、告訴で、差別された当該の悔しさが本当に晴らされ、名誉が回復されるのでしょうか。差別者にたいして「2度と部落差別はいたしません」と謝罪させるだけでなく、部落解放運動のすばらしさを理解させて獲得することができるのでしょうか。およそ不可能です。
全国水平社は、部落民自身の団結と行動によって解放をかちとる立場にたって、差別徹底糾弾闘争をたたかいました。差別を解決する主体は、差別されている 当該である部落民自身であることをはっきりさせて、たたかったところに、部落民自主解放の魂があります。この水平社の糾弾にたいして、介入し弾圧してきた のが警察です。事件を解決するのは警察だ、というのが口実です。いま、本部派のしていることは、この警察による糾弾つぶしの弾圧に屈服した、警察主導の融 和運動です。これでは差別とたたかえません。
解放同盟・本部派を、現在の告訴路線へと決定的に導いたものこそ、01年のプロジェクト報告です。今回の論文は、2002年2月に発行した『部落解放闘争』33号に掲載された釣舟良一研究員の「本部派プロジェクト報告路線批判」です。



『本部派プロジェクト報告路線批判』
釣舟良一
はじめに

部落解放同盟本部派は、今日、差別糾弾闘争も要求闘争も共同闘争も投げ捨て、なだれをうったように屈服と転向の道に突き進んでいます。三〇〇万部落大衆を、差別の洪水のなかに投げだし、不況と同和事業の打ち切りによる生活破壊に落としこめています。本来、部落解放のための運動をしなければならないのに、全くかえりみないばかりか、部落解放運動の解体に手をそめ、さらに、部落大衆の苦しみと怒りの声を踏みにじっているのです。

そうした本部派の運動路線が、プロジェクト報告路線です。プロジェクト報告とは、解放同盟本部派の今年の大会でだされた「差別糾弾闘争強化基本方針」「行政闘争強化基本方針」「男女共同参画基本方針」「組織強化基本方針」からなる報告です。昨年の大会でプロジェクトを作ることを決定し、一年間の討議をへてだされたものであり、運動の全般にわたっていることからも内容からも、今後の本部派の運動の方向を決定する重要な路線の提起です。

今日の本部派のプロジェクト報告路線をみるとき、これまでとは一線を画したものがあると言わざるを得ません。闘わずに政府に屈服してきたから、現在のようになったというだけではすまないのです。明らかにひとつの転換と踏切があります。それを、全面に押しだしたのがプロジェクト報告なのです。もっといえば、これまでのような戦後解放運動の延長上で、その右傾化というようなものとして本部派を見ていたら、とんでもないということです。本部派は、部落解放運動の根本原理である身分的差別の撤廃ということを否定したのです。それは何を意味するのか、本部派運動がどのような意味でも部落解放運動ではなくなった、ということです。そこに転換があるのです。

わたしたちが部落解放運動をたたかっていくにあたって、本部派のプロジェクト報告路線と対決し、それをうち破ることが重要になっています。プロジェクト報告路線は、単に本部派が運動をしていくだけでなく、部落解放運動を解体することにその核心があるからです。つまり、全国連をはじめとするたたかう部落大衆とそのたたかいを発展させるためには、本部派の部落解放運動への解体攻撃ともいうべき、プロジェクト報告路線をうち破る必要があるのです。

実際にも、各地のたたかいにおいて、糾弾闘争をおこなうことに本部派が反対し、なんとかして糾弾闘争をやらせないように動いているとか、住宅闘争や様ざまな要求闘争をおこなうことに対して、「こじき、ものもらい」と罵倒して、部落大衆の死活的な要求を握りつぶそうとしています。

本稿では、プロジェクト報告とはいったいなんなのか、本部派はなにをやろうとしているのかをできるだけわかりやすく明らかにしていきたいと思います。

解放運動の意識的解体=プロジェクト報告路線

● 差別糾弾闘争について

プロジェクト報告では、「部落解放運動の真髄は差別糾弾闘争」「部落解放運動の生命線は糾弾闘争」と言っています。それは真理ですが、問題は、なぜ、今、本部派がそれをわざわざ言うのかです。あとで詳しくみるように、本部派の本音は、差別糾弾闘争をしたくない、させないということにあるのです。しかし、現実には、差別の洪水情勢があり、部落大衆の差別に対する怒りが充満し、爆発しようとしています。そのエネルギーはうかうかしていると本部派をも吹き飛ばしかねないほどです。部落大衆の本部派への突き上げ、糾弾闘争をやれという声が、本部派をして真理をいわせているのです。本部派は真理を言うことで自分の身を守ろうとしているわけです。しかし、真理を言っているからといって、「糾弾闘争強化」を考えているなどとだまされるわけにはいきません。こうした一見矛盾したこととして現れることの意味は、本部派が大衆的弾劾にさらされるような、本部派と部落大衆の関係があることです。本部派は、本部派の統制を乗り越えてしまう大衆的決起をなによりもおそれているのです。

差別糾弾闘争について第一に見なければならないことは、部落完全解放を「抽象的表現」と言ってたなあげし、「差別の原因に迫る糾弾闘争」をするという考え方です。この両者は一見して矛盾しています。どういうことかというと、これは、差別の洪水情勢のなかで、部落大衆のやむにやまれぬ糾弾闘争が現に巻きおこっているにもかかわらず、差別糾弾闘争を徹底的にたたかうのではなく、差別に対する怒りを認めるかのようなふりをして、「しかし、即自的で次元が低い」「原因に迫っていない」とねじ曲げ、差別糾弾闘争をさせないようにするのが本部派だということです。「これまでの糾弾闘争は差別の結果である差別事象を問題にし、差別の原因である社会システムなどに迫っていないからだめなんだ」と、水平社以来の差別徹底糾弾という考え方と運動方針を否定するのです。その口実として「糾弾権の乱用も厳に排除しなければならない」だとか「行政機関だけではなく社会の構造的なシステムにその原因を求める」とか「部落差別事件に対する取り組み形態も変化する」だとか、「金科玉条のようにこれまでの取り組み方に縛られ、有効な取り組み方針を確立できなくなることを防ぐ」だとかいっています。差別糾弾闘争をさせないという、本部派の本音がありありと見えます。部落差別事件がおきたり、部落差別が現にあるならば、そのことを取り上げ差別糾弾闘争をするのは当然のことです。部落完全解放に向かって部落差別をなくすためには、糾弾闘争をたたかうことが第一番の方針です。奪われた権利、踏みにじられた人間的尊厳を回復するために、全社会、全人民に部落差別は糾さねばならないことを示すためにも、部落大衆はこぞって差別糾弾闘争に立ち上がらなくてはなりません。それ以外に、部落差別に対する怒りと憤り、悔しさをはらす道はないといえます。そこにあるのは、部落大衆の人間としての叫びであり、主張です。ところが、プロジェクト報告では、目の前の差別には目をつぶり、「差別の原因」というものに迫らなければならないという口実で、差別糾弾闘争を否定するのです。そんなことは絶対に許せません。

プロジェクト報告では「差別の原因」に、「社会システム」とか「社会の成り立ち」などをあげていますが、もっと具体的にはプロジェクト報告によれば「法制度」のことです。しかし、部落民は法制度によっても差別されているという面もありますが、法があろうがなかろうが結婚差別や、就職差別などの差別が繰り返されていることを見てもわかるように、「法制度」が差別の原因などと単純にはいえないのです。本部派が言いたいことは、「差別事件などにこだわるな」「法制度が変わらないのだから、我慢しろ」ということなのです。部落差別から何とか部落大衆の目をそらそう、糾弾闘争をしても意味はないのだと思いこませようという意図があります。それは、糾弾闘争をするなという一点に核心があります。だいたい、今本部派がやっていることは何か。部落差別があっても、事件として糾弾せず、行政にゲタをあずけ、確認会も糾弾会もしないということです。何もかも行政まかせにするのです。そして、半年もたってから真相報告会を開いてお茶を濁して終わりにするのです。このことが、本部派がプロジェクト報告で第一に言いたいことです。

そもそも、本来、「差別の原因」といった場合に問題になることは、差別を温存し、再生産・拡大する国家、社会のことです。そして、そういう国家、社会を支配している支配者、権力者が問題となります。だから、差別糾弾闘争では本来、行政や資本、そして警察権力といったものに迫っていかなければならないのです。それは抽象的なものではありません。行政や警察は、差別糾弾闘争を弾圧するだけでなく、社会の支配者として差別を生みだすような社会を構成しているからこそ、差別の元凶として糾弾闘争の対象となるのです。本部派のように、「社会システム」=戸籍制度、法制度など、ということは、差別糾弾闘争の対象を支配者からそらしあいまいにするものであり、絶対に認めることはできません。だいたい、考えればわかることですが、戸籍があるから差別されるのではありません。身分的差別が現実にあり、戸籍があろうがなかろうが差別される現実があるのです。また、法律が整備されていないことが差別の原因でもありません。そもそも、憲法に何が書いてあるのか。法の下の平等ということです。しかし、現実には部落差別があるのです。また、法律や制度の問題としたときに、重要なことは、差別糾弾闘争をするというぐあいにはならないということです。本部派の言っていることの核心問題は、差別の洪水情勢のもとでも何とか部落大衆を押さえこみ、差別糾弾闘争をさせないというところにあるのです。

第二に見なければならないことは、確認会・糾弾会を徹底して否定し、何とかそれをやらないですませるようにすることを方針としていることです。先に見たように差別の洪水情勢のなかで、部落差別事件がおこります。部落大衆の怒りも高まります。本部派も無視することはできなくなります。そこで本部派は、ペテンを使うのです。「確認会・糾弾会だけが糾弾闘争ではない」とはっきり言っています。「金科玉条のようにこれまでの取り組み方に縛られ、有効な取り組み方針を確立できなくなることを防ぐ」とも言っています。実際の糾弾闘争では、本部派が徹底して確認会・糾弾会開催に反対するのです。その点では、融和ボスと同じです。だから、村中にビラをまき、署名をとり、本部派幹部を追及して初めて確認会を勝ちとることができる、ということなのです。糾弾闘争をやるためには、差別者とたたかう前に本部派とたたかわねばならないのです。本部派は、差別糾弾闘争の妨害者、抑圧者です。

糾弾会という言い方もやめ、「糾弾学習会」というわけのわからない呼び方にしています。とにかく本部派は確認・糾弾会をやりたくないというのが本音です。

差別糾弾闘争について第三に見なければならないことは、差別事件に対して部落大衆による自主的・主体的な差別糾弾闘争をおこなうのではなく、行政や警察、人権救済機関なるものにあずける方針だということです。ここで本部派東京都連の例をみます。部落だとばらされたくなければ五〇〇万円出せ」という卑劣な差別脅迫はがきが送られてきた事件で、本部派は数年かけて犯人を突き止めた上で、確認会・糾弾会を開くのではなく警察に告発したのです。その結果、裁判で執行猶予4年の有罪が確定しました。差別はがきを送りつけられた足立支部のAさんは、「実際に私の名前や住所が間違いなく書かれていて、郵便番号欄にはエタ・ヒニンと差別語が書かれていて、それを受け取ったときは、これは差別ハガキだなと思って腹立たしい気持ちでいっぱいになった。警察署では、告訴は受け付けてもらえず、被害届となった。当初警察は全く動かなかった。応対した警察が、部落差別のなんたるかを全く分かっていないことにいらだちを覚えた。警察官への人権教育が必要だと思った。犯人が逮捕されたときは、本当によかったと思った。卑劣な差別者がこういうことをやれば逮捕もされることを知ってほしい」と言っています。本部派は、部落民の差別に対する怒りを、警察への期待、「警察はもっとしっかり取り締まれ」という期待にねじ曲げています。警察や行政こそ部落差別の元凶ではありませんか。狭山事件で石川さんをデッチ上げたのは警察です。いくつもの差別糾弾闘争を弾圧してきたのも警察です。警察が部落民のためになることをやるはずがありません。ところが、その警察に助けを請うようなことをやっているのです。糾弾闘争とは縁もゆかりもないことです。

また、こうした行政や警察に差別者の取り締まりを要求することは、差別糾弾闘争を否定するものであるだけでなく、部落大衆が部落差別と対決し、それとたたかう権利を奪うものでもあります。本部派は、差別糾弾闘争を、「本来、部落差別に対する抗議や教育、共生の道を作り出すことを目指す差別糾弾闘争は多様で柔軟な闘争形態を含む」「差別行為者の説得・教育・啓発の取り組み」としています。差別された部落民がいることなど全く意に介していません。いったいなぜ差別糾弾闘争をするのか、それは、差別された部落民がおり、その血が部落差別によって流されているからにほかなりません。差別糾弾闘争に立ち上がることをとおして、一個の人間として、差別者に対決し、人間であることを認めさせ、身分的差別によって、「人間外の人間」としてあつかったことを撤回させるのです。それは「説得・教育・啓発」などとは全く別の、人間的行為であり、部落民の根源的権利です。本部派は、そうした部落民の人間的行為としての差別糾弾闘争を認めないのです。

そうした本部派の考え方と方針からは、「被差別者の救済や世論喚起のために既存の国内法システムを活用する」「裁判を中心とした法的救済システムを活用する」ということが必然的にでてきます。警察や人権擁護委員会への告発であり、また、「人権救済制度要求」です。現に本部派は、この一年間の活動の最大の軸を人権救済制度の設立要求においています。

以上みたようなことをプロジェクト報告は、「多様な形態を駆使した差別糾弾闘争」「固定的な糾弾闘争イメージを変革しなければならない」というかけ声のもと基本方針としているのです。これを差別糾弾闘争の解体路線と言わずしてなんというのでしょうか。

もともと、本部派の差別糾弾闘争は、奴隷的、屈服的なものでした。狭山闘争においてすら、「差別裁判徹底糾弾」に反対し「差別裁判反対」という具合にしたのであって、糾弾闘争ではなく公正裁判要求の運動に低めています。社会的、法的権威への許し難い屈服です。差別者の反発や、権力の弾圧を恐れてです。プロジェクト報告路線でもそれは変わりません。プロジェクト報告では、「糾弾権」なるものが法的にもあるのだと言っています。「糾弾権」があるか、ないかにかかわらず、部落差別に対して差別糾弾闘争はたたかわれなければなりません。だいたい、これまでの差別糾弾闘争では、差別者や警察が、脅迫事件とか暴力事件としてデッチ上げて弾圧することに対して、大衆的決起でもってうち破ってきたのです。それを「糾弾権」なるものに逃げ込んで、「弾圧しないでください」というのが本部派なのです。また、それは、部落大衆の糾弾闘争に「糾弾権」の範囲内で、という枠をはめ、自主規制し、糾弾闘争を糾弾闘争として最後までたたかいとることを自ら放棄させるものです。そんなことはとうてい認めることができません。

法律に認められた権利がどうであろうと、差別糾弾闘争はたたかわれなければなりません。それは、身分的差別を撤廃する基本的なたたかいであり、個人的な名誉や利害の問題ではなく三〇〇万部落民全体の要求の実現であり、何よりも差別を受けた当事者の人間としての怒りと悔しさをはらすたたかいです。「同じ人間なんだ」「身分的差別はやめろ」という血叫びです。部落差別にがまんがならない、という怒りの発露です。

ところが、プロジェクト報告では、「糾弾権」を強調するのです。そして、「これからの差別糾弾闘争は法規制や法救済を求める」と言っています。そこには、本部派の奴隷根性が透けて見えます。「差別糾弾闘争に対するマイナスイメージの克服こそ今後の差別糾弾闘争の重要な課題」と言っているのをみてもわかるように、政府・地対協や差別者に対する奴隷的屈服があるから「糾弾権」なるものにこだわるのです。八六年の地対協意見具申は、「いわゆる確認・糾弾行為は、差別の不合理性についての社会的認識を高める効果があったことは否定できないが、被害者集団によって行われるものであり、行き過ぎて、被糾弾者の人権への配慮に欠けたものとなる」と言って、差別糾弾闘争を弾圧しました。プロジェクト報告は、それに屈服して糾弾闘争には「マイナスイメージ」があるなどと媚びを売っているのです。いや、はいつくばって「おっしゃるとおり、もうしません」と言っているのです。差別糾弾闘争によって、部落差別に対する怒りや悔しさをはらすことはあっても、マイナスイメージを持つことなどありません。本部派は政府・地対協や警察と同じ立場に立って、部落大衆のたたかう立場を放り捨てたのです。

差別糾弾闘争を徹底的に貫くためには、プロジェクト報告と対決し、粉砕しなければなりません。

● 「行政闘争」=要求闘争の解体

つぎに「行政闘争」を見ていきます。
そこでまず気がつくのは、三月をもって同和事業を打ち切ろうという攻撃がかかっていることに、全くふれていないことです。それどころか「(プロジェクト報告を出したのは)打ち切りがあるからではない」と言い切っています。それでいいのでしょうか。とんでもありません。今、この打ち切り攻撃とたたかうことは、要求闘争の重要な課題です。大阪府の生活実態調査を見ても明らかなように、同和事業の打ち切りは部落大衆の生活の広い範囲を直撃します。よく「同和事業によってゲタを履いている」と言われますが、そのとおりです。一見改善されたかのように見えることも、同和事業というゲタがなくなれば、もとのように、二〇年、三〇年前と同じに戻ってしまうのが現実です。しかも、はっきりさせなければならないことは、同和事業は施しでも何でもなく、大衆的要求闘争によってたたかいとった部落大衆の権利だということです。「実態的差別は解決されてきている」とか「役所の予算がない」ということで打ち切れるようなものではないのです。

打ち切り攻撃がおこなわれるなかで本部派がやっていることはなんでしょうか。「同和事業の返上運動」です。「打ち切りではなく、自ら返上するのだ」といって、行政にいわれるままに全部認めているのです。その結果、村の生活にとって不可欠の事業所が廃止され、健康を守るための診療所が廃止されています。「仕事ができなくなった、どうやって生活していくのか」「病気しても病院に行けない」という事態に部落大衆を突き落として、平然としているのが本部派です。部落大衆のことなど考えてみようともしない、それよりも行政の顔色をうかがうことに気をまわしている、という現実です。

つぎに気がつくのが、差別行政糾弾闘争という視点が全くないこと、それを完全に消し去っていることです。

そもそも、戦後解放運動を見たとき、「行政闘争」は最大の柱であったことがわかります。有名なオール・ロマンス闘争以来、差別行政を糾弾し「部落差別を放置していいのか」と行政に迫り、同和事業をたたかいとってきた歴史があります。鍋、釜をもち役所に押し掛け、部落大衆はたたかってきたのです。プロジェクト報告はそうしたことを、完全に投げ捨てました。第一に、大衆的な差別行政糾弾闘争によって同和事業が闘いとられてきた歴史を、「ねばり強い交渉」によって同和事業を勝ちとったかのように描きあげています。第二に、「行政闘争の成果は、部落と部落大衆が置かれていた劣悪な実態を一定改善しただけではありません。地方自治体や国に同和行政や同和教育を推進していくための機構が整備された」と言って、もう差別行政ではない、同和行政は部落差別をなくす行政、制度を整えたと、同和行政を描きあげています。第三に、「行政闘争」を取り巻く条件が変化していると言って、「従来の行政闘争を漫然と続けているだけでは、部落の完全解放はおぼつかないだけでなく、これまで達成されてきた成果すら守ることはできません」と言っています。

「もう差別行政ではない、成果も上がった、条件も変わった」のだから、これまでのような、つまり差別行政糾弾闘争としての「行政闘争」はやめるのだと、はっきりと方針化しています。

その上で、プロジェクト報告ではどのような方針をだしているのかを見ていきます。

その第一は、「新たな行政闘争の創造」という方針です。それはどういうことかというと、行政といっしょに実態調査をして、「部落解放白書」「要求書」を作り、行政交渉をするという方針です。行政を主体としてたてて、本部派はそれにくっついてお先棒を担ぐのです。そのさい重要なことは「より高い要求」へのステップとして取り組むことだとしていることです。要求闘争、大衆的要求闘争を否定して、「交渉」に解体し、部落大衆が要求闘争の主人公であり主体であることをあくまで否定しています。しかも「より高い要求」といって、要求闘争が程度の低いものであり、解放運動にとって重要ではないもののようにあつかっています。また、この方針では、主人公としての部落大衆はでてきません。でてくるのは「要求者」であり、徹底して部落問題、部落差別とは切り離されたものです。部落解放闘争の不可欠のたたかいとしての要求闘争という考え方が方針にはありません。

そもそも要求闘争とは、部落差別によって奪われているものを取り戻すたたかいであり、部落差別と鋭く対決して対行政闘争として取り組まれなくてはなりません。それは、部落大衆の生活に根ざした、切実な要求を取り上げて、実現していくたたかいです。部落大衆が人間らしく生きるためのたたかいだとも言えます。住宅闘争にしても介護保険闘争にしても、「このままでは生きていけない」という声が原点であり出発点です。その声を権利として行政に認めさせるたたかいです。もっと言えば、そういう権利を踏みにじる差別行政を糾弾するたたかいです。

第二は、何を要求するのかということに関わる方針です。それは、はっきり言って、部落の実態、部落大衆の生活、生きざまに根ざす要求を取り上げようと言うことではありません。プロジェクト報告では、「自己実現」だとか「人権が尊重されたまち作り」という言い方で示されている方針ですが、それは、新たな装いをとった融和主義の方針であり、「糾弾などしないで差別されないような人間になりましょう」「差別されないまちにしましょう」ということです。それは、解放運動とは全く別物です。部落民に自助努力を求めたかつての融和運動と本質は同じです。このことを示す実例として、大阪府寝屋川市の本部派を見てみたいと思います。彼らはそのビラであしざまに部落大衆をけなし、「今まで法律のかさの下で暮らし特別あつかいを受けながら小さくなり生きてきたのも終わりです。権利ばかり主張し義務を怠ってきた運動はもうおしまいです」と書いて、挙げ句の果てには勝手に一年間活動を停止するというのです。何という言いぐさでしょうか。本部派を八つ裂きにしてやりたくなります。

第三は、一般施策活用の方針です。これは、九六年地対協意見具申への完全屈服を意味しています。また、日本共産党の国民融合論への屈服でもあります。「もはや格差はなくなった」から、特別対策や同和事業はいらないというのです。部落問題が格差問題だという主張は、政府・地対協の見解です。実際は、違います。部落問題とは、資本主義の世のなかにおいても、あたかも身分があるかのような身分的差別が行われているという問題であり、そうした身分的差別は撤廃されなければならないという問題です。したがって、部落問題は格差問題ではないし、今日なお存在する問題です。ところが、プロジェクト報告では「次第に『特別措置』から『一般施策』に移行する段階に入ってきています」とはっきり言っています。そして、「一定程度差別の実態が改善されてきた場合、『特別措置』は『一般施策』に移行されなければなりません」というのです。部落問題を格差問題と見ていることは明らかです。しかし、百歩譲って格差ということから部落問題を見たとしても、たとえば、部落の年間所得が一般よりも低位にあることや、失業率が一般の二倍から三倍も高いことなどが明確に今もあるのです。部落問題の本来の意味からいっても、部落の現実からいっても「格差は是正された」「同和事業もやめて特別対策から一般対策へ」と言うことはできません。プロジェクト報告は、「もう要求はしません、事業も返上します」と言いたいのです。

第四は、「全国の部落の歴史と実態は多様」だからそれぞれの部落ごとの運動をするという方針です。これは、第三で見た部落問題は格差問題ということとも関連しますが、同時に、部落問題を個々この地域問題に解体し、地域ごとに解決できるんだとするとんでもない方針です。部落問題は身分的差別問題です。個別に部落ごとに何かあるというのではなく、身分として作られたことに出発点があるわけです。身分的差別だから、今なお部落差別がなくならないのです。

戦争と大失業と差別の洪水情勢は、部落大衆にとりわけ厳しく襲いかかっています。部落大衆は必死のたたかいに立ち上がろうとしています。そのようなとき、部落大衆を裏切り、立ち上がる部落大衆の足を引っ張り、その前に立ちはだかって行政と一緒になって抑圧するのが、本部派です。本部派は部落大衆のたたかいのエネルギーを感じ、必死に押さえこもうとしています。しかし、それは部落解放運動の荒あらしい発展を阻止することはできません。必ず、部落大衆の新たなたたかいが始まります。

● 組織的危機におちいっている本部派

プロジェクト報告では「組織強化方針」というのも出されています。それについて見ていきます。

まずはっきりさせなければならないことは、本部派の組織的危機です。そのことについて、プロジェクト報告では、「死に至る病」だとか「この一五年間で五万一千人の同盟員が減少し、百六十支部が失われた」と言っています。たいへんな数字です。なぜそんなことになったのでしょう。それは、本部派が部落大衆とともにたたかわなくなったからです。たたかわないどころか、先に見た寝屋川の例のように、部落大衆をじゃまもの扱いしているからです。そして、部落大衆の決起を押さえつけ足を引っ張り、糾弾闘争も要求闘争もたたかわないからです。部落大衆が離反しているのです。「もう当てにできない」「何もしてくれない」、果ては、「このままでは本部派に殺される」というところまでいっています。部落大衆が本部派を見捨て、自らの主体的決起を生みだそうとしているのです。

そして、本部派はますます転向の道を進み、組織としても全く違ったものに変えるとしているのです。それは第一に、部落差別とはたたかわない組織となる方針です。「部落問題の部分的な解決ではなく、根本的な解決をめざす」とか「差別の原因に迫る」とか「制度・システムの変革」と言って、部落差別そのものとのたたかいを巧妙にタナ上げにしています。第二に、部落大衆の団結を第一にするのではなく、一般や行政との連携、連合を第一にする方針です。「人権のまちづくり」とか「反差別国際連帯」というものです。そこでは、部落大衆の団結や権利の主張をしてはならないとなります。組織のなかにも一般や行政がどんどんはいってくるのです。

差別糾弾闘争をはじめとする部落差別とのたたかいが、大衆的団結と解放運動を作りだすのであり、そこに生まれる連帯と絆が、組織を強固にするのです。ところが、プロジェクト報告では、部落差別とのたたかいである差別糾弾闘争も要求闘争も全くでてきません。逆に、先にも見たように、差別糾弾闘争などの部落差別とのたたかいを、「部分的」「根本に迫っていない」と否定して、それにかわる人権擁護運動のようなものにすりかえるのです。そこにある組織とは、「共生」とか「連帯」とかで言われる、部落民の団結よりも一般との連帯を重視する、また、行政との連携を重視する組織です。

さらにみなければならないことは、「自己実現を支援する同盟組織」と言っていることです。「自己実現」とは、差別されない人間になり、また糾弾もしない人間になるということです。部落大衆が人間として生きるためには部落差別とのたたかいが不可欠です。ところが本部派は、「そんなことをするな、もっと自分を高めて、差別されないようになれ、糾弾するから差別されるのだ」と一八〇度転倒したことを言うのです。これはもう、典型的な融和主義です。だから、本部派は部落差別とたたかう部落大衆をもう支援しないということです。部落解放運動によって作り上げてきた村の団結を破壊し、丑松のように自分のことだけを考える融和運動にすり替えようというのです。

そのような運動と組織は、支部はいらないというものであり、結局は「従来型の中央依存的な組織からネットワーク型組織」ということになります。ネットワーク型の市民運動組織のようなものです。だから、「組織の構成員登録が『自立した個人』ではなく、『所帯』であるという風潮を認めるということは、自殺行為」とまでいうのであり、村の団結ではなく活動家のような一部の意識的な個人の結集体に組織をすることでやっていこうということです。大衆闘争的団結による組織、支部という団結形態が否定され、それに取ってかわって活動家と支持者の組織形態が作りだされるのです。それは、とりもなおさず、支部という団結形態の清算です。そして、それは、組織対象を部落大衆ではなく「部落住民・部落出身者」にしていることからも言えます。

また、そのような運動と組織は、もはや部落大衆を部落解放の主体、部落解放運動の主人公としてあつかおうとしません。

    「困ったときの支部だのみ、お賽銭代わりに支部会費、自分の思い通りに行かないと(支部は何しとんねん支部会費はらってるやろ)と罵るばかり」

これがいったい部落大衆に言う言葉でしょうか。まるで厄介者あつかいです。要求をだすことは悪いことだと言わんばかりです。こんなことを平気で言って、「権利ばかり主張し義務をおこたった運動はもうおしまい」という組織が本部派組織なのです。

本部派は解放運動の根本を放棄した

部落解放運動は、身分的差別の撤廃、部落完全解放をめざした運動です。ところが、先にみてきたように今日の本部派の運動、プロジェクト報告路線は、どのような意味でも部落解放運動とは言えないものになりました。

何よりも、解放運動の根本原理である身分的差別の撤廃を投げ捨てています。本部派はプロジェクト報告によって、どんな意味でも完全に転向し、解放運動の立場から全く別の立場に変わりました。それは、単に本部派はたたかわなくなったというだけのものではありません。日本帝国主義・政府の側にたって、部落解放運動、部落大衆の決起を徹底して破壊し、妨害し、圧殺するものです。戦後部落解放運動の延長にあるかのようなことを言いながら、実はそれとは全く別の、許し難い転向の路線です。

部落解放運動の究極の目的は、部落民の人間的解放であり、身分的差別撤廃による部落完全解放の歴史的達成です。身分的差別撤廃=部落完全解放こそが、水平社から部落解放同盟の運動に継承される部落解放運動の一貫した根本原理であり、綱領的大原則です。プロジェクト報告はそれを根本的に否定しました。これは、歴史的には、戦前の水平社が日本帝国主義に屈服して、「挙国一致、その妨げになる解放運動、差別糾弾闘争はしない」といって転向したこととも重なります。戦前、三九年に出された「国民融和の道」を少しみてみたいと思います。

それが言っていることは、以下のとおりです。

    「挙国一致の完成」「差別観念は、吾々部落大衆の国民的生活を圧制し国民協同の精神を抹殺する反国家的なもの」「挙国一致達成上に於ける一大障碍物として、国民間に今猶差別観念が横たわっている」「官民一致、国民的協力による差別観念の善処」「挙国一致の攪乱者、国民の敵を糾弾する」「新東亜建設による部落問題の完全解決」「『身分、民族、職業、貧富、不具等によって人をけなしたり侮辱する事絶対にをやめませう』と云う事を、国民精神総動員の一標語として市町村の政治上にも、各種団体の遵奉事項及び学校に於ける情操教育の中にも、強く実践されん事を提唱して已まない」

「挙国一致」がいっさいに優先し、帝国主義の侵略と侵略戦争によって部落問題が「完全解決」すると言っているのです。いくらなんでも今は、そこまではいっていないだろうと思うかもしれませんが、プロジェクト報告は本質的には、全く同じなのです。差別糾弾闘争をしないということは、その典型です。また、プロジェクト報告で、九六年の地対協意見具申を改めて評価して、その立場に立つと言っていることも、政府と一体=「挙国一致」と言っていいことです。しかも、九六年意見具申の「同和問題に関する基本認識」をもっとも評価していることは重要です。意見具申がだしているのは、「部落問題は人権問題」であり、日本帝国主義が戦争をするような時代において「(部落問題の解決は)国際的責務」であり、人権政策の柱であるという見解です。日本帝国主義の侵略戦争政策の一環としての人権政策という観点です。

    「今や、人権の尊重が平和の基礎であるということが世界の共通認識になりつつある。このような意味において、21世紀は『人権の世紀』と呼ぶことができよう」「国際社会における我が国の果たすべき役割からすれば、まずは足元とも言うべき国内において、同和問題など様々な人権問題を一日も早く解決するよう努力することは、国際的な責務である。」「同和問題を人権問題という本質から捉え、解決に向けて努力する」

これは、本部派が部落問題だとか、部落解放とかいわずに、「人権問題」だとか「二一世紀は人権の世紀」などといっていることと全く同じです。政府・地対協と言葉の上でも違いはなく、同じなのです。つまり、プロジェクト報告は、日本帝国主義の侵略政策と一致するものだということです。そして、それは、偶然ではなく本部派が意識して政府と同じになるようにしていることからきたものです。また、以上のようなことと、差別糾弾闘争をしないということは一体のことです。部落解放運動を、身分的差別撤廃というその根本、本質において否定、解体したことによるものです。

また、プロジェクト報告は、部落解放運動の究極の目標である身分的差別撤廃をいかに達成していくのかを全く明らかにしていません。それは、明らかにできないのではなく、究極目標を否定して解体するために全力を挙げているということです。本部派はついに、部落解放運動が解放運動である根本、綱領的立場を否定することで、自らがよってたつ土台であり基盤であるものを、自分自身で解体する作業を開始したのです。それは、矛盾的であり簡単ではありませんが、断固やるとしているのです。部落解放運動とは三〇〇万部落大衆の運動であり、その差別糾弾闘争、要求闘争、階級的共同闘争です。そうしたもの全体を解体することなど、簡単にできるわけがない。だいたい、部落大衆が黙っているわけがないのです。そういう意味で、本部派と部落大衆の激突が不可避となっています。

つぎに、公然たる融和運動路線を取りいれています。先に述べたことから、本部派の運動は、解放運動ではない、全く別のものになっているということが言えます。それは、「人権を軸とした社会システムの創造」だとか「人と人との豊かな関係づくり」「共生」や「自立した自己実現」ということです。つまり、もう身分的差別撤廃を掲げて運動するのは時代にあわないからやめて、帝国主義・政府や資本と一体となって「人権」「自己実現」の運動をする、「自助努力」や「人権のまちづくり」をやって、差別されないようにする、というのです。こうしたものを、融和運動といわずして何というのでしょうか。ある意味では古典的とも言える融和運動です。「共生」とか「自己実現」という目新しい言葉を使ってはいますが、ようするに、「部落も一般もみんな仲良くしましょう」「自分をみがき差別されないようにしましょう」という運動なのです。かつて、水平社がこうした融和運動をうち破って、部落民自主解放の旗をかかげ結成されたことはあまりにも有名です。プロジェクト報告は、水平社以来の部落解放運動の全歴史を清算したのです。

そして、「部落の解放なくして労働者の解放なし、労働者の解放なくして部落の解放なし」という階級的立場を投げすてています。そもそも部落解放運動は、日本帝国主義の階級支配の一環をなす部落差別=身分的差別の撤廃のために差別糾弾闘争を基軸としてたたかうものであり、帝国主義の階級支配そのものをうち砕くたたかいです。したがって、それは、日本帝国主義を打倒して労働者階級の解放を勝ちとることと一体のたたかいであり、労働者階級の闘争と部落解放運動はそれぞれ独自のたたかいでありながらも、前者を基軸として統一してたたかわれなければなりません。歴史的にも、戦前の労農水の三角同盟や戦後の解放運動における労働者との共闘があります。ところが、プロジェクト報告は、そのような部落解放運動が本来持っている立場を全面的に投げすて、帝国主義・支配階級や連合のような労働貴族との一体化を図っているのです。本部派の政治的反動化はそのことを具体的に示しています。最近の本部派の集会には、自民党の議員が堂どうと来賓として招かれています。かつては考えられないことです。

部落差別の洪水と解放運動

今、戦争と大失業の情勢が日び強まっています。アメリカのアフガニスタン侵略戦争がおこなわれ、それに日本も自衛隊を派遣して参加しています。そして、昨年一一月の失業率は過去最高を記録し、五・五パーセントになっています。そうした情勢は、やはり部落大衆をも直撃しています。そして、部落差別の強まりです。差別の洪水情勢といってもいいような事態がおきています。

差別事件が増えていることだけではありません。生活や労働の場でさまざまな差別が強まっています。部落大衆は、戦争と大失業にくわえて差別の強まりにも苦しめられています。

そういう情勢においてこそ、部落解放運動が求められるのであり、部落解放運動を発展させなければなりません。部落大衆の怒りと苦しみを解決するのは、部落解放運動をおいてありません。また、差別の強まりは、それに対する部落大衆の怒りにもとづく差別糾弾闘争、また、要求闘争を不可避に生みだします。部落差別とたたかうからこそ解放運動なのであり、また、部落大衆の大衆的決起をもってたたかうのが部落解放闘争です。

実は、政府と解放同盟本部派は、この部落大衆の怒りの決起を死ぬほど恐れているのです。部落大衆の決起にどうやってふたをするのか、押さえこむのかが、部落政策=同和行政の最大のポイントになっています。政府は、本部派を押さえこめばいいと考えていることは明らかです。そのために、さまざまな手を打っています。

そのようなとき、問題は、本部派が何をするのかです。結論的にいえば、本部派は、今後は解放運動ではなく融和運動でいく、解放運動を解体する側にまわると決断したということです。そして、いったんその立場に立ったら、自らが成り立つためにも、全力をあげて部落大衆の決起を押さえつけ、たたかいを解体しようとするのです。そして、部落大衆を戦争と大失業と差別の洪水のなかに引きずりこむのです。プロジェクト報告の路線は、政府と利害をともにするという路線であり、それはかならず侵略戦争への部落大衆の動員に結びつきます。

それは、現実の本部派の動きを見れば明らかです。部落差別の強まりという情勢に対して、真っ先にたたかうべきですが、どうでしょう。本部派がやっていることは、差別糾弾闘争や要求闘争の解体であり、圧殺です。差別事件がおきたら糾弾闘争をすることは当然です。確認会・糾弾会をひらき、部落大衆の糾弾闘争への決起をもって、奪われた人間としての尊厳、ふみにじられた権利を回復するのです。しかし、本部派は、確認会・糾弾会をしません。差別事件の事実をかくす、当事者間で和解させようとする、行政との密室協議でけりをつけようとするのです。たとえしたとしても、確認会・糾弾会とはほど遠い懇談会のようなものです。本部派の奈良県連は「差別、被差別の関係を両側から越える」といって、差別者と談笑してことをすませました。また、糾弾闘争をさせないため警察に告発することを方針としています。

また、要求闘争をさせないために、「実態的差別は改善された」と行政と手打ちをして、事業の返上を進んでおこなっています。村の事業所や診療所が行政と本部派の合意のもとに廃止されています。当然、怒りが吹きだしますが、それに対して「乞食」と罵倒するのです。住宅闘争では、立ち上がった部落大衆を「処分」し、たたかわないように圧力をかけています。介護保険によって、生活を圧迫され生活できなくなっている高齢者の、「保険料を払ったら暮らしていけない」「医療費が払えなくて医者にも行けない」という声を無視しています。

およそ解放運動とは呼べないこうした動きに対して、「このままでは(本部派に)殺される」という声があがっています。当然です。この怒りの声を本部派にたたきつけなければなりません。今こそ本部派に代わって、全国連の登場が必要なのです。

戦争の始まりと部落差別の強まり、洪水情勢に対して差別糾弾闘争を基軸とした糾弾闘争、要求闘争、階級的共同闘争の三大闘争路線でたたかわなくてはなりません。とりわけ重要なのは差別糾弾闘争です。それこそ部落解放運動の生命線、心臓部です。差別の洪水のなかで、糾弾闘争なしには部落大衆のどんな権利や要求も、守ることも勝ち取ることもできません。もっといえば、部落民が人間として生きるために糾弾闘争は不可欠といえます。たたかいなしに生きられないといったとき、それは糾弾闘争を意味します。個々の差別事件に対する糾弾闘争はもちろんのこと、不況による生活破壊も部落民にとっては、差別と一体のものとして襲いかかってくるのであって、糾弾闘争の立場がなければたたかえません。そういう意味で、要求闘争にも差別糾弾闘争が貫かれるのです。

また、要求闘争を、生活破壊と就労や住宅の問題などにおいてたたかうことが重要になっています。住宅や介護の要求は切実なものがあります。それを大衆的にくみ上げ行政に対する要求としてまとめ、要求闘争をたたかっていかねばなりません。その際に重要なのは、要求は権利だということです。ほどこしや給付ではないのです。今、打ち切り攻撃が全面的にかかっている同和事業も、たたかいとった権利であり、行政からのほどこしではありません。同和事業全廃反対のたたかいはますます重要になっています。部落大衆が生きていくあらゆる場面で、部落差別に遭遇し、苦しめられることを重視し、まさに部落差別があるがゆえの要求であることをはっきりとさせ要求闘争をたたかうことが大切です。差別がなくなっていないどころか、強まっているなかで、要求闘争も死活的になっているのです。

さらに、共同闘争も重要になっています。反戦闘争は現実に自衛隊が派遣されているなかで、きわめて重要になっています。また、部落解放は部落大衆だけの課題ではありません。労働者をはじめとした全人民の課題です。本部派はこの領域でも、労働者と手を組むのではなく、自民党や民主党と手を組むことで、部落大衆や労働者の利害を投げすて敵対しています。今、全国連が全面的にとって代わって共同闘争をたたかわねばなりません。

おわりに

戦争と大失業と差別の洪水情勢が到来しています。そこでは、部落大衆がたたかいを求め、部落解放運動の発展と前進を求めて苦闘しています。ところが、本部派はその部落大衆の前に立ちはだかって、たたかうな、と言って妨害しているのです。差別糾弾闘争も、要求闘争も、共同闘争も、それを本当にたたかい勝利させるためには、本部派の妨害を粉砕しなければなりません。本部派は、本当に許しがたい部落解放運動の妨害者、敵対者になりました。

そのことを全面的にしめしているのがプロジェクト報告路線です。今、私たちは、プロジェクト報告路線を粉砕して、前に進む必要があります。三〇〇万部落大衆の生き死に、生活、権利がかかっています。

プロジェクト報告路線は、部落解放運動とは全く無縁の路線であり、何の正当性もありません。それは、粉砕の対象です。

本部派大阪府連の松岡は、次のように言っています。

     「今日的な条件のもとで、これまでの闘いでつくりあげてきた成果、残された課題、生まれてきた弊害をしっかり見据え、これからの行政闘争の新しい展望を切り開いていく。これが、今回、『行政闘争強化基本方針』を提起した趣旨です」

行政闘争について言っているわけですが、非常に核心的にプロジェクト報告の性格をいっています。要するに、時代が変わり部落解放運動をとりまく条件も変わった、これからはこれまでのことにこだわらず、新たな運動をしていくんだということです。問題は新たな運動の中身ですが、それは先に見たように要求闘争の解体、圧殺です。部落大衆の要求をふみつぶしながら、部落完全解放とは縁もゆかりもない「人権・啓発」運動をやっていくということです。ここにはっきりと現れているように、プロジェクト報告路線は、戦後解放運動に終止符を打っているのです。そして、部落解放運動の根本を投げすてています。また、部落大衆の現実の要求や差別に対する差別糾弾闘争に反対者として立ちはだかるのです。

もはや私たちのとるべき道は明らかです。本部派、プロジェクト報告路線と徹底対決し、それを粉砕して、真の部落解放運動、三〇〇万部落大衆の身分的差別からの解放に向かって進むことです。

(部落解放理論センター研究員 つりふねりょういち)
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