資料・公開質問状2 私への解任処分をみとめません

(2008年06月26日)

  公開質問状2  私への解任処分をみとめません

                              部落解放同盟全国連合会西郡支部   青年部長・執行委員 吉岡剛志

 私が解任処分になった経緯は、公開質問状1の方に書き記しましたので、併せてお読み下さいます様お願いいたします。今回は、住宅闘争について、私が支部に対してこれまで思っていたことと、こんな支部をめざしてきたんとちがうの?ということについて書きます。

全国連の住宅闘争について
 西郡支部は住宅闘争について次のように言っています。
  「『供託』か『分納』か」
  「『供託』には闘う路線がかかっている。だから『供託』以外の方針は認めない」
  「だから、全国連本部の方針も認めない」と。
  そうして、本部の方針と共に闘う私は、西郡の分裂を策動してるんだと決めつけて処分し、排除しようとしています。
  しかし、私も、全国連本部にしろ、「『供託』か『分納』かどちらかを選べ」とか、「そのどちらかしか、方針として成り立たない」なんて事は、一度たりとも言った事はありません!
  全国連の住宅闘争は、あくまでも「供託」を軸として、「ありとあらゆる戦術」を、みんなで決めて取り組み、「自分達の闘う武器」にしていこうと言うものです。
  支部のみなさん、住宅組合にはいっておられたみなさんは、全国連の奈良の方たちがどういうたたかいをやっているのか、正確に、きちんと知らされたことがあるでしょうか。私は、4月の全国連大会に参加し、また、奈良の大橋さんたちから直接、話を聞かせてもらって、それを知ることができました。奈良の全国連、同住連の皆さんの闘いを紹介したいと思います。
 ◆ 奈良の住宅闘争について
  奈良市は、八尾市に続き、住宅家賃を供託して、先頭で闘う人たちに対して、八尾市と同じ様に、給料の4分の1を差し押さえると言うことをしています。
  それでも、家賃を供託してみんな頑張り続けてきました。しかし、これ以上、差し押さえを続けられると、もうどうしても生活が成り立たないと言う方がでてきました。その人達の生活を何が何でも守らなければ!と言うことで、みんなで話合い、色々な戦術をあみだして、のべ100時間を超える市との交渉もやりました。その中で裁判所への調停の申し立ても行い、その結果、それ以降、行政が新たに差し押さえに及ぶだとか、明け渡しの裁判にかけるだとか、そういう事が出来にくい現状、つまり最高裁判決を骨抜きにしてしまう様な結果を奈良の部落の兄弟達が作りました。
  しかも、どうしても、行政との分納誓約をかわさざるを得ない人たちが、これからも皆と一緒にのびのびと闘える様に、トコトン行政とやり合い、誓約書の「応能応益家賃を認める」だとか「以後、供託はしない」だとかいう文言を削らせたり、変えさせたりしました。さらに、奈良市従労働組合によびかけ、その結果「こんな市のやり方は許せん!」と、いっしょに決起してくれるようになりました。団結して、市に「さかのぼって、住宅手当を支払わせる」と言うことまでやりました。もちろん、現在も差し押さえも受けながら、「供託」を軸にありとあらゆる戦術を駆使して、住宅闘争を全力で闘っておられます。
  奈良の大橋さんが言うには、「こういう闘いが、みんなで出来たからこそ、住宅組合から誰一人こぼれる事無く、今でも闘い続けることが出来ている」と伺っています。
  これに対して、うちの支部から1月12~13日に行われた拡大中央委員会の場で「奈良は調停に屈していて、本当であれば、白旗を揚げておいて、勝利も団結もないと思うが」と言う質問??(にしては失礼な言い方と思いますが)がされました。
  その場ですぐに、奈良の女性から、「私たちは、屈っしてなどいない、失礼だ」と言う反論と大橋中執から上記にあるような正確な事実を伝える訂正が行われました。日を改めて、2月3日、同住連の全国代表者会議の場でも「白旗」発言に対して、謝罪と撤回を求められ、持ち帰って「謝罪なり、なんなり検討する」と言うことでしたが、いまだなされていません。
  私は、今の支部の言っているような「供託以外はいっさいダメ」とか「供託ができず、分納の話しあいに行くのなら個人的にやって」ということをやっていて本当にみんなの生活を守れんの?と、ものすごく不安に思います。やむなく供託をやめざるをえなくなった人たちはどうするのですか。300件もいるという家賃を払えない人はどうしたらいいのでしょうか。
 だからこそ、供託を軸にして、ありとあらゆる闘い方をとりいれて、様々な条件のなかでいるムラの人たちが誰ひとりこぼれおちることなく、みんなでやっていくこと、それが一番重要なことと思いますが、どうなのでしょうか。
 そこで、支部役員さんにお聞きします。
 奈良の方たちが、のべ100時間を超える行政交渉をやったことや、市長宅にデモをやったことも含め、事実をありのままに、すべて、知らせているのでしょうか。すべてを知っている支部の方たちはどのくらい居られるのでしょう?
 また、知っているならば、奈良の住宅闘争の何処を「屈して」いるだとか、「白旗を揚げている」と言うのか、具体的に教えて下さい。

 全国連設立の私の思い

 西郡での全国連づくりに携わってきた私の思いは、公開質問状1で記した事だけではありません。
 当初インターネットの書き込みに西郡を誹謗中傷するものを見かけ、私は実名を公表して「文句あるなら俺にかかってこい」という風な書き込みをした時、これに真正面から答えてくれたのは全国連だけでした。これまでの解放運動が持っていた矛盾した所、例えば同和対策事業の打ち切りに際しても「いつまでもあまえるな。だから差別されるんや」と言うような、融和的な考え方や、団地の入居や仕事の分配など役員などの力を持っている人のさじ加減で何事も決まっていくと言うようなあり方ではなく、本当に自分たちでなにもかも初めから作っていく解放運動が出来ると言う思いで全国連を西郡で作る事に関わってきました。
 ところが、今の支部は、一部役員のさじ加減で「広島差別事件」はやらないだとか、「広島差別事件の真相報告集会」に行った私を、解任処分してしまうだとかをやっています。そういう事は、「全国連の原点に返って」と言っている事とはまったく正反対の事をやっているとしか思えないのです。
◎そこで、支部の執行委員の方に質問したいのですが、私を青年部長と執行委員から解任処分した事は、「規約」の何処に基づいてされたのですか?

 全国連本部は「広島差別事件」を全力で取り組むと言う方針であり、支部は「住宅闘争で忙しい」と言う理由で取り組まないと言うことですが、私は「広島差別事件」と「住宅闘争」は別の事とは到底思えません。ですから私は、そう言う差別を許せないから「広島差別事件の真相報告集会」に参加したのです。
 ここで改めて支部役員さんに答えてもらいたいと思うのは、
◎ひとつは、支部として、何故「広島差別事件」を取り組まないのか?
◎もうひとつは、「全国連の住宅闘争は物取り主義」と言う事を言われておきながら、何故、住宅闘争と、広島差別事件をまるで別のものとして扱うのか?ということです。
 支部の役員には、上記2点と、一つめの「規約」のどの部分にその様な処分を行っていいと言うことが、書かれているのか答えなければならない義務があると思います。

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