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| 狭山闘争 2004年 12月の記事 A |
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狭山特別抗告の棄却策動を許さず、全国連14回大会に総決起を
今春決戦勝利へ要請行動うちぬく (04/12/20) |
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2004年最後の要請行動をうちぬき年内棄却策動を粉砕した要請行動
(12月20日 最高検前) |
12月20日、全国連と解放共闘は、2004年最後となる要請行動をたたかい、年内の最高裁棄却策動を粉砕しました。
10月29日の補充書提出をもって、最高裁は、事実調べもないままに、いつでも決定をだそうという段階をむかえたなかで、茨城、東京、長野をはじめとした東日本のきょうだいが「年内棄却阻止」の意気高く、最高裁、最高検への要請にのぞみました。
最高裁に対しては、茨城の婦人が、家を助けるために、幼い弟を背負って学校に行っていたため、授業などちゃんと受けさせてもらえなかった生い立ちを語りながら、「石川さんも同じようだった。『脅迫状』は絶対に書けない。文字を書くのと文章をくみたてるのはまったく別だ。あなたたちみたいに、学校教育をうけてこれた人間にそのことがわかるか」と迫りました。
最高検では、盗聴問題について前回出した公開質問状に対して、「すでに回答している」としか答えない検察を糾弾しました。
長野のきょうだいは、「石川さんの『見えない手錠』の責任はあんたたち検察にあるんだ。盗聴もほかの要請にはやってないとあんたたち自身認めてるじゃないか。それが差別だろ!」と係官にせまりました。
要請団は、狭山裁判につらぬかれた差別をとらえて糾弾するたたかいとして、要請行動をうちぬき、全国連大会を狭山決戦としてうちぬく決意をかためました。
前段集会では井橋・茨城県連事務局長が、基調報告にたち、「差別糾弾闘争をたたかう部落大衆と労働者の隊列を全国につくりだすことが、狭山勝利の道だ。全国連14回大会を、10・31をさらにうわまわる差別糾弾闘争復活の部落民総決起大会として成功させよう。各地で差別糾弾闘争に決起しよう」と訴えました。
また、ギリギリと切迫する今春棄却策動に対して、「@全支部で狭山闘争委員会を例外なくたちあげ、23デーを粘り強くとりくみ、全国的な緊急署名(これまでの対最高裁にプラス対最高検)を展開し、決戦態勢をつくりだそう、A要請行動を継続してとりくもう。とりわけ、『反動の牙城』となっている最高検には、盗聴問題の弾劾と、証拠開示問題を結合し、検事論告糾弾・差別裁判取り消しの差別糾弾闘争を展開していこう」と訴えました。
そして、「改めて考えてみても、裁判における差別性=狭山裁判のどこが差別なのかの最たるものは、やはり1審検事論告と、それを追認した1審判決いがいにない。寺尾判決以降は、それを暴かれ大衆的弾劾をあびながら、承知のうえで一貫して、追認し続けた点に犯罪性がある。また、これを問題にできない本部派だからダメだ。全国連は、この論告にもっと光をあて、差別裁判糾弾の大衆的怒りを再組織しよう。検事論告のどこが、なぜ差別なのか、前提にせず大衆討議しよう。それが、署名運動もつくりだす」と訴えました。 |
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狭山23デーをとりくもう |
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| JR奈良駅での街宣(12月23日) |
▼奈良狭山闘争委員会 −勝負の05年へ、街宣うちぬく−
【奈良狭山闘争委員会】04年最後の「狭山23デー」の取り組みを奈良の全国連のきょうだいと奈良労働組合交流センターの解放共闘の仲間と共に12月23日にJR奈良駅前で行いました。
この日は、前日の奈良住宅裁判での反動判決を吹き飛ばし、意気揚々と街頭宣伝活動を行いました。
署名カンパに協力してくれた人の中に「がんばってください。狭山の現地調査にも参加しました。私も帰ったらがんばります」という福岡の婦人もいました。
23デーの取り組みが全国の狭山をたたかう人たちの輪を広げることをみんなで確信しました。2005年は勝負の年になると思います。狭山署名を今後も続け、仲間を増やします。狭山再審勝利に向けがんばるぞ!
▼法政大解放研 −狭山現調で権力の机上の空論、明らかに−
【法政大解放研】12月23日、恒例の狭山現地調査に参加しました。今回は、新たな参加者も迎えて狭山の地を歩き、石川一雄さんの無実をつかみ、再審闘争の決意を固くしました。
現調では、狭山事件当日に石川さんが歩いた真実のコースと、国家権力によるでっちあげのコースをそれぞれ歩きました。
でっちあげのコースを歩いてまず気づくのは、所要時間のデタラメさです。入間川駅から中田善枝さんと出会ったとされる十字路まで、普通に歩いて15分です。石川さんが駅におりたったのが午後2時頃。判決によれば「出会い」の時間が3時50分ですから、2時間近くもかけてゆっくりゆっくり歩いたことになってしまいます。
当日は荒神様(三柱神社)の祭で農家の女性たちが大勢集まっていました。20代の青年がもし歩いてきたとすれば、目立つに違いありません。にもかかわらず、誰も石川さんを見ていないのです。
このとき中田善枝さんは、出会い地点とは全く別の、駅東方のガード下で誰かと待ち合わせしているところを目撃されています。
人通りの少ないところで目撃されているのに、人通りの多い、顔見知りのいる荒神様の近くの通ったとされる道では目撃されていないのです。その場にいないものどうしが、どうして出会うことなどできるというのでしょうか。現実を無視した机上の空論に他なりません。
現地を歩くことで、石川さんの無実と、判決のデタラメさは一目瞭然です。にもかかわらず、あいつぐ棄却決定で差別裁判を護持し続けている国家権力のやり口には本当に腹が立ちます。
もうこれ以上石川さんに殺人犯の汚名を着せさせ続けることなどできません。部落差別による捜査、逮捕、起訴、裁判のすべてを、必ずや国家権力に自己批判させなければなりません。キャンパスで「無実」「差別」を多くの人々に伝え、狭山闘争をたたかう力を大きくつくりあげていく決意です。 |
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差別糾弾闘争を原動力に狭山勝利へ
▼東京・杉並支部 −「さんじゅ阿佐ヶ谷」差別事件糾弾闘争− |
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職場労働者がみずからのたたかいとしてとりくんだ研修会
(東京・杉並の「さんじゅ阿佐ヶ谷」で) |
職場労働者主体の研修会をとりくむ
さんじゅ阿佐ヶ谷差別事件糾弾闘争は、勝利的に前進しています。10月の施設長謝罪につづいて、12月には、全国連を講師とする全職員対象の研修会をかちとりました。
施設労働者が夜勤を含む交代勤務のため、全職員が参加するために、研修会は、12月3日、13日、22日の3回、施設内でおこなわれました。
3日には、全国連・中田書記長が講演をおこないました。中田書記長は、@基本的人権とはなにか、A部落差別の起源について、B結婚差別や就職差別の具体的現実、C自分たち労働者の人権を大切に考えてほしい、とわかりやすく話しました。
質疑応答では、「目の前で差別発言があったら、介護者としてどう対応したらよいか」と質問があり、中田書記長は、「たんに高齢の発言者個人を叱責すべきでない。その背景、入居者にストレスをあたえている環境を考えて改善してゆく。なにより、働く人の権利が守られてこそ十分な介護ができる」と答え、参加者の共鳴をよびました。
研修会は、さんじゅで働く労働者が主体となってすすめられました。労働者が差別事件の経過説明をおこない、研修会の必要を説き、職員である支部員の西田さんも発言しました。
全国連からは、杉並支部はじめ江戸川支部糾弾闘争委員会の仲間が同席しました。施設側と全国連あわせて40名をこえる参加となりました。施設長あいさつにならんで、井上杉並支部長があいさつしました。
13日、22日は、中田書記長のビデオ講演とし、ビデオ上映後に参加者の感想や質疑応答の時間をとりました。「もう部落差別はなくなったと思っていた」という発言にたいして、「自分の田舎で結婚差別があった。こういう勉強会をしてもらってよかった」と別の職員が発言するなど、活発に意見がだされました。
また、自分の身近でおこった被差別体験(外国人差別、職業差別、「障害者」差別など)を話す労働者も多く、働く者の力で差別をなくしていこうという気持ちが伝わってくる研修会となりました。 |