2020年7月の記事   

反戦・反核・反差別
被爆75周年 8・6ヒロシマ福島地区のつどいへ

  毎年広島原爆の日に開催してまいりました『8・6ヒロシマ 福島地区のつどい』。
実行委員会がたちあがってはや13年が経過し、ここまで全国の皆さんに支えられながら、被爆や戦争(加害と被害の両面)、原発、そして差別などあらゆる課題を訴え、共有したいととりくんで参りました。
 被爆から75年の節目を迎えるこの日、あらためてそれらの歴史と向き合い、これからの世代がふたたび苦しむことのないよう、未来へ訴えていくことを確認したいと存じます。
 地元福島地区の被爆者も年々少なくなり、直接お話をうかがう機会は本当に限られてきました。これまでかかわってくださった方でも亡くなられた方もおられます。その一人ひとりの「原爆、核をゆるさない!」「差別とたたかうぞ!」との思いを、あらためて振り返り、継承していく場にしたいと存じます。
 ことしに入り知人から、一人の長崎の被爆者の方を教わりました。その方は浦上町という被差別部落出身のYさんです。最近まで被爆や差別について語り部活動をされていて、2年前NHK番組の取材を受けて、一冊の本を出版されています。
 実行委員会としては直接お話を伺いたい旨をその知人や関係者にお伝えしましたが「現在は証言活動をされていない」として断りを受けたのは非常に残念でなりません。そこで出版された本を取り寄せ、拝読すると、被爆と部落出身の二重の差別を受けながら、それに屈しない粘り強い生き方がつづられています。
 3歳で被爆。髪の毛のぬけた頭から小学校の同級生や先生までも、段階的に「ハゲ」「カッパ」さらには「ゲンバク」と呼ばれ、卒業式ではじめて名前を呼ばれても返事せず「先生ゲンバクと呼んでくれんね」と言い返したといいます。さらにはその卒業証書を同級生に奪われ、他の同級生や先生の前で破ろうとしているのを、必死で食らいつき取り返した話に、差別への怒りが込み上げ、その根深さに心が痛みます。
 それでもYさんは母や親せき、同じムラの人たちの支えを受けて、革靴職人や郵便局員として働き、結婚。解放運動や語り部活動にもとりくんでこられました。
 ひた向きな被爆者の生き方は多くの教訓や学びをもたらせてくれます。
その「気づき」をもとに、あらゆる立場の垣根をこえ、この取り組みに向き合う一人ひとりの「8・6ヒロシマ 8・9ナガサキ」やそれぞれの課題に対する思いをお互いに発信しあい、理解を深め、行動へとつなげる場にして参りましょう!
 当日は被爆者をはじめ参加者一人ひとりの思いを発言、アピールを通じて共有しあう予定です。
 そして参加のむずかしい方には,被爆やそれぞれの課題に対する思いを込めたメッセージをあらかじめ実行委員会までお送りいただきますようお願いいたします!当日の会場や後日の報告で掲載させていただきます。
 今回は新型コロナウイルスの影響によって、特別な形式での開催を考えております。
会場の利用に際し人数制限がかけられているため、参加は、基本として広島県とその周辺(中四国地方)在住の方とさせていただきます。
 そのうえで他の地方から参加を希望される方は、必ずあらかじめ事務局担当までお電話またはメールにて代表者と参加人数をお知らせくださいますようお願い申しあげます。
(状況により参加人数の制限をお願いする場合がございます。)
 是非とも皆様のご理解ならびにご賛同メッセージへのご協力のほど、よろしくお願いいたします。

 被爆75周年 8・6ヒロシマ 福島地区のつどい
 会場:広島市西地域交流センター

    (いきいきプラザ・旧西りんぽ館)  
広島市西区福島町一丁目19―12
 8月6日(木) 12:30開場 13:00開始
 参加費:一般500円 学生以下無料
 ◎メッセージ等送付先
〒733-0024 広島市西区福島町1―7―15
    8・6ヒロシマのつどい実行委員会
    メール hiroshimajitu_8_6@yahoo.co.jp
 ◎問い合わせ先 090-5709-5406(山根)