2・9狭山要請行動をたたかう
(2010年02月13日)
岡田裁判長は狭山再審を開始せよ!
昨年12月に「証拠開示」の勧告。そして門野裁判長が退任し、狭山事件を担当する東京高裁・第4刑事部に岡田雄一裁判長が着任。狭山闘争が新しい段階にはいりました。2月9日、全国連はさっそく東京高裁、東京高検にたいする要請・糾弾行動にたちあがりました。
2010年こそ狭山再審実現のとき
(2010年01月12日)
証拠開示勧告の意味するものは?
12月16日、狭山事件の第三次再審にかかわる「三者協議」において、東京高裁第四刑事部の門野裁判長は、検察にたいして8点にわたる「証拠開示勧告」を行いました。
速報 東京高裁が検察に証拠開示を勧告!(12・16)
(2009年12月17日)
狭山再審で初の勧告! 石川一雄さんと狭山弁護団、全国の部落のきょうだい、ともにたたかう労働者人民のたたかいでかちとった。
12月16日、狭山第3次再審で2回目の三者協議がおこなわれ、東京高裁は検察に証拠開示の勧告をおこなった。狭山事件の再審では初めてのことだ。
(写真 12・15東京高裁要請行動)
いまこそ狭山再審の門をこじあけるとき
(2009年11月21日)
12・15東京高裁~東京高検への要請行動にたちあがろう!
検察の開き直り徹底糾弾!
さる9月10日に行われた三者協議の場で、弁護団が要求している証拠の開示について、「10月末までに回答せよ」と裁判長から指示されていた検察は、何と、「証拠開示の義務はない」という、じつにふざけた回答を行っていたことが明らかとなりました。
完全な開き直りです。警察がでっち上げた「『殺害現場』でのルミノール(血液)反応報告書」などの隠された証拠について、「ない」ということではなく、それらが「ある」ということを暗に認めた上で、「開示しない」と開き直ったのです。
奈良 古市で狭山集会、ゼッケン登校(10月29日)
(2009年11月11日)
10・26要請行動の報告
(2009年11月11日)
東京高検は狭山事件の全証拠を開示せよ
(2009年11月10日)
11・17要請行動にあつまろう!
午前10時 日比谷公園霞門集合
10時30分〜東京高検要請行動
11時30分〜東京高裁要請行動
10・25狭山中央闘争が成功!
10・25狭山中央闘争は、東京の社会文化会館に253人が参加し、小なりといえど10・31寺尾判決35ヵ年を糾弾してたたかわれた唯一の狭山中央闘争として成功しました。
また、このたたかいは32年ぶりの「三者協議」の開催という重要な情勢に対応したものです。
10・25狭山中央闘争の基調(全文)
(2009年11月10日)
1)狭山闘争の歴史的な決戦局面に際して総決起を訴える
①狭山再審闘争勝利への歴史的なチャンス
●32年ぶりに開かれた「三者協議」
9月10日、弁護団、検察、裁判長の三者による協議が行われました。この三者協議は、通常の再審裁判においては頻繁に行われるものですが、狭山事件の再審においては、77年の第一次再審請求直後に一度開かれただけで、第三次再審にいたるまで32年間一度も開かれなかったのです。つまり、狭山再審においては、事実調べを行わないだけでなく、裁判手続きさえ無視して裁判所は密室での「審理」、決定をつづけてきたということです。部落差別によるデッチあげという権力犯罪をかくすために、裁判所は差別を積み重ねてきたのです。
10月 狭山中央闘争にむけて
(2009年08月10日)
門野裁判長打倒のたたかい貫き、事実調べ=再審開始を迫ろう!
いま、狭山第3次再審闘争は大きな山場に入りました。全証拠の開示、事実調べ|再審開始のため、東京高裁・高検への要請(糾弾)行動、署名行動、10・25中央闘争大結集に向けた各地からのたたかいの積み重ねが決定的になりました。来年2月、門野裁判長退官をひかえ、この決戦局面を全国連が先頭に立ってたたかおう。
6・23 狭山要請行動の報告
(2009年07月22日)
ウソの「自白」を見ぬけない裁判所を弾劾「門野裁判長による退官前=年内の棄却を絶対に許さない!」「なんとしても事実調べー再審を実現する!」。全国連は6月23日、東京高裁と東京高検にたいする要請行動にたちあがりました。
【奈良・古市支部】10月29日、古市の小学生・中学生は朝から元気に児童館に集まり『集団登校前段10・29狭山早朝集会』を開催し、『狭山集団登校』をみごとに貫徹しました。